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ラブ「今日は町内会の餅つき大会!みんなでお餅を丸めるお手伝いをするんだよっ。」 美希「とほほ・・・。誰よ、こんなときに晴れ着着て行こうなんて言いだしたのは・・・。」 祈里「美希ちゃんは、その姿もキリッとしててカッコいいと思う。」 美希「あ・・・りがと、ブッキー。」 せつな「これも、日本の伝統美なの?」 美希「そうね、伝統・・・は伝統かもしれないわね。」 カオルちゃん「いやぁ、晴れ着姿にたすき掛けか、イカすね、お嬢ちゃんたち!」 ラブ「ありがとう、カオルちゃん!」 美希「はぁ~。」 ――そして、餅つきが始まりました。 せつな「ラブ、大変よっ!四つ葉町にも魔人が現れたわ!」 美希「わぁぁっ、せつな、あれは違うのよ。リンクルン仕舞って!」 ラブ「見て見て、せつな。ああやってお餅をつくんだよっ。おじさんたち、手際よくてカッコいい! あ、カオルちゃんがつくんだ。カオルちゃぁん!カッコいいよぉ!」 カオルちゃん「サンキュー!言ったろ?おじさん、餅はついても嘘はつかないって。」 美希「それ・・・今言うことじゃないから。」 せつな「え?あれが、お雑煮に入ってたようなお餅になるの?」 祈里「そう。もち米を蒸かして、ああやって臼に入れて、杵でつくのが昔ながらのやり方なの。」 せつな「へぇ。二人一組で作るのね。」 祈里「そう。お餅が杵にくっつかないように手水をする人がいてね・・・え、ミユキさん!?ナナさん、レイカさんも!」 ミユキ「みんな見てて!餅つきもダンスと一緒、二人の呼吸を合わせるのが大事なのよ。それ、よいしょ!よいしょ!」 魚政の主人「トリニティが餅つきするたぁ、新年から縁起がいいや。いよっ!近頃の女の子はパワフルだね!」 タルト「ミユキはん・・・あんさんは、掛け声だけかいな。」 ――ひと臼つき上がりました。 魚政の主人「ほい、つき上がったよ。よろしくな~。」 駄菓子屋のおばあちゃん「あんたたち、餅を丸めるなんてしたことないだろ。ほら、こうやって水を手に付けて・・・」 ラブ「ふむふむ・・・あっついっ!!」 祈里「ラブちゃん、大丈夫?」 駄菓子屋のおばあちゃん「そりゃ熱いさ。ほら、素早く千切って餅取り粉の上に置いて行くんだよ。」 美希「何だか難しそう・・・。」 駄菓子屋のおばあちゃん「難しいことなんかあるかね。しょうがない、お手本見せてやるよ。・・・ほら、やってみな。」 ラブ「ダメだぁ。ねばねばしてるから、よけい熱いよぉ。」 せつな「しょうがないわね。貸して。」 祈里「・・・せつなちゃん、凄い!」 ラブ「うわぁ、見る見るうちにお餅の塊が並んでいくよ!」 美希「しかも、完璧に同じ大きさね。」 駄菓子屋のおばあちゃん「・・・・・・。ふん、こんなもんだね。」 魚政の主人「ばあさん、正月早々、相変わらず素直じゃねえなぁ。恐れ入りましたって、顔に書いてあるぜ?」 ――さあ、お餅を丸めましょう。 美希「こんなものかしら・・・。見て、きれいな丸い形。」 祈里「ふふっ、結構ハマるかも。楽しい。」 美希「なんかこの大きさと形って、何かを連想させるわね・・・。」 祈里「ヤダ、美希ちゃん、どこ見てるの?」 美希「ちっ、違うわよ!ラ、ラブは出来た?」 ラブ「うーん・・・出来た・・・かな?」 美希「・・・クローバーだからって、ハートマーク作ってどうするの。」 ラブ「違うよ、美希たん。うまく丸にならないんだよぉ。」 せつな「ねぇラブ、やっぱり桃園家では、元日に食べたみたいに、こういう四角いお餅にするの?」 美希「うわっ、せつな、これどうやって丸めたの?いや、これ、丸めたって言うか・・・」 魚政の主人「おうっ、もう伸し餅も作ったのかい?あれ?一切れだけ??」 ――出来上がり~。みんなで試食です。 ラブ「ん~、美味しい~!!」 せつな「ホント。それに、いろんな味付けがあって楽しいわ!」 祈里「つき立てって、こんなに柔らかいのね。」 美希「危ない危ない。食べ過ぎちゃいそうだから、気を付けないと。」 ラブ「今年もクローバーと、クローバータウンストリートのみんなで、幸せゲットだよ~!」 ~おわり~
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遠くから聞こえてくる太鼓と鐘の音。 祭りの開始を告げる祝砲が鳴り響く。 四ツ葉町の一大イベント。クローバーフェスティバルの開催だ。 「これすっごく可愛いよ。ありがとう、おかあさん」 「ありがとう。昨年の浴衣もまだ一度しか着てないのに」 「いいのよ、せっちゃん。晴れ着を新調するのは母親の喜びなんだから」 「いやあ、父親だって嬉しいものだぞ。よし、次は二人一緒に並んでポーズだ」 ラブとせつなが新しい浴衣を披露する。圭太郎は嬉しそうに記念写真を撮っていく。 「頑張って作った甲斐があるわ」とあゆみも上機嫌だ。 ラブは白地にいっぱいの花柄。ピンクに紺のラインの浴衣帯。 せつなは薄紅色の生地に大きなリボンと水玉の柄。赤い菱形模様の浴衣帯。 ポーズなんて取る必要も無い。自然にこぼれる笑顔。うずうずして勝手に動く体。 せつなはすっかり浴衣が気に入っていた。 華やかな浴衣を着ると心が弾む。わくわくして晴れやかな気持ちになる。 それでいて、しっかりと肌に馴染んで落ち着く。矛盾してるけど全部ほんとうの気持ち。 不思議だと思う。 お風呂上りの着衣として生まれたものらしく、軽くて風通しも素晴らしい。 もっと普段から着る機会があればいいのに。それだけが不満だった。 「美希たんとブッキーが待ってるんだ、あたしたちは先に行くね」 「おとうさん、おかあさん、行ってきます」 新調したばかりのピンクと赤の下駄を履いて玄関を出た。 賑やかな祭り囃子と勇ましい掛け声。いつもよりずっと多い人の流れ。 そわそわする気持ちを抑えながらゆっくりと歩く。 浴衣を着ると自然と動作はゆるやかに上品になる。決して動きにくいわけではないのに。 美しい着物姿をより美しく見せたいと思うからだろうか。 心なしか普段より人目を引いているような気持ちになる。 履きなれない下駄が更に歩みを遅くする。でもそれも悪くは無かった。 ゆっくり静かに動くことで、普段とは違う時間の流れを体験できる。いつもと違う 景色も見えてくる。 年に一度しかないイベントを、余すところ無く満喫するにはうってつけだった。 「ラブ~せつな~こっちよ」 「ラブちゃんもせつなちゃんも可愛い」 待ち合わせ場所は決めていたものの、人だかりが多すぎて合流に手間取ってしまった。 やっと揃って安堵の表情を浮かべる。 美希と祈里ももちろん浴衣姿。美希は紺に近い青地に蝶の柄。黄色い花柄模様の浴衣帯。 大人の雰囲気。 祈里は黄色の生地に赤い金魚の柄。黄緑の無地の浴衣帯。美希とは対象的に幼く可愛い 印象だった。 まずは広場に設立されたメイン会場に向かう。地元出身の超人気ダンスユニット “トリニティ”のステージがあるのだ。 会場に近づくにつれて祭りの露店も増えてくる。無数の屋台がひしめき合い、 競い合う様子は圧巻だ。 色んな食べ物やおやつの匂いが交じり合って食欲を刺激する。 屋台の垂れ幕や所狭しと突き立つのぼりが雰囲気を盛り上げる。 大きさを増す囃子と威勢のいい売り子の掛け声。五感の内の四つを刺激されては たまらない。 「あ~~もう我慢できないっ! おじさ~ん、たこ焼き四つお願い」 「ちょっ! ちょっと、ラブ。アタシはいいわよ。自分で食べるものは選ぶから」 「美希ちゃんは食べ過ぎたら大変だものね」 「………………………………」 せつなはしばらく呆然として、その後吹きだしそうになるのを必死で堪えた。 美希のタコ嫌いは秘密なんだ……。幼馴染なのによく隠し通せてきたものだと思う。 ジト目でサインを送ってくる美希の様子がまた可笑しかった。 おじさんに椅子を貸してもらって熱々の内に頂いた。 タコ焼きは屋台の食べ物の中でも一番人気だ。そして、冷めたら極端に味の落ちる 料理でもあった。だから最初に食べるのが良いのだとか。 食べながら歩けるのも人気の理由なのだが、浴衣姿の女の子はそうもいかない。 次に目をつけたのはりんご飴。赤い果実が飴に覆われてキラキラと輝く。大きいのは 我慢して、選んだのは姫りんご飴。 隣にはチョコバナナ。これも色んなトッピングが美しかった。小さなコーンが帽子の ように被せられて、顔が描かれてるものもあった。 突き刺したポッキーは腕の代わり。「これじゃカカシよね」と祈里が呟いて周囲の お客さんも大笑い。 せつなが目をつけたのはわた飴。砂糖を入れるだけで出てくるふわふわのお菓子。 味は駄菓子屋で知っていたものの、作り方が不思議だった。 「お嬢ちゃん、やってみるかい?」と声をかけられる。せつなは乗り出すように 見つめていたことに気がついて、恥ずかしくて真っ赤になる。 おそるおそる割り箸に絡めていく。作りたてのわた飴は、ふんわりしててとろける ような甘さだった。 そして会場に着く。 今年のゲストはトリニティのみ。スケジュールに余裕が出来たため、コンサート形式の 立派なステージプログラムが用意されていた。 まだ時間が早く、その前のイベントである一般参加のダンスコンテストが始まった ばかりだった。 コンテストというのは名ばかりで、楽しく踊る姿を見てもらうのが目的だ。昨年の 漫才大会がそうだったように。 始めたばかりで動きがちぐはぐなユニット。緊張して転んでしまうユニット。 お世辞にもレベルが高いとは言えなかった。 でも―――― みんな、本当に楽しそうだった。失敗すらも会場の笑いに変えて。その後、ちゃんと 励ましの声援を送ってもらって。 せつなたちもクローバーの活動を思い出して懐かしい気持ちになった。そして、 ちょっとうらやましかった。 クローバーはプロを目指すユニットだった。その練習は厳しく、楽しむという感じでは なかった。 人前で踊ったのはダンス大会だけ。不安と緊張との戦い。それはそれで充実していて、 素敵な思い出だけど―――― 「こんな風に、踊ってみたかったな」 ポツリとつぶやいたラブの言葉に全員が一瞬驚いて――そして、頷いた。 みんな同じ気持ちだったから。それぞれの道を歩んではいても、みんな本当にダンスが 好きだったから。 ダンスコンテストが終わり、順位の発表と景品の授与が行われる。優勝したのは ダンス大会の一次予選で見かけたユニットだった。 そしてしばらくの休憩を挟んで、メインイベントが始まる。 「皆様、お待たせいたしました。これよりクローバ-フェスティバル特別企画、 トリニティのスペシャルステージを開催します」 司会者が宣言してトリニティがステージに上がる。巻き起こる盛大な拍手。 会場は同じ。照明も音楽もダンスコンテストと特に変わることは無い。 しかし――――空気が一変した。 ミユキ、ナナカ、レイカ。たった三人の登場で会場が別の空間に姿を変える。 彼女たちの声に、視線に、魔力でもあるかのように。一挙手一投足に神秘の力でも あるかのように。 全ての観客から私語が消える。バラバラに楽しんでいた人たちが一つになっていく。 全ての意識は一つに。全ての関心は一点に。体を揺らし、腕を振り、合いの手を入れる。 美貌? 技術? 知名度? そんなものでは説明しきれない真のダンサーの魅力、 吸引力を思い知る。 せつなも、美希も、祈里も、久しぶりに見るトリニティのステージに魅了される。 ただ一人――――ラブを残して―――― 「ラブ――ラブ――どうしたの?」 せつながラブの様子のおかしいのに気付いて声をかける。 喜びと興奮に包まれる会場において、一人切なく悲しそうな表情を浮かべる。 拳は固く握り締められ、相当な力が込められていることを示すように両腕が小刻みに 震えていた。 「せつな……。大丈夫、なんでもないよ。トリニティのダンス、やっぱり凄いね」 「ええ……そうね」 せつなはそれ以上は追求せずに、ラブの拳をそっと開いて手を握った。 それでラブも落ち着いた様子だった。しかし、ステージが進むうちに再び様子が おかしくなる。 何かをこらえるような表情、せつなの手が痛みを感じるほど強く握られる。 もう――理由を聞くまでも無かった。 せつなの表情が後悔に歪む。ダンス大会で優勝したクローバーには、本来は プロデビューへの道が開けていたはずだった。 だが、せつながラビリンスへの帰還を宣言したことでクローバーは本来の姿を失った。 残された三人はせつな抜きで続けることを望まなかった。 美希と祈里もまた、それぞれモデルと獣医の夢を追うことになり、クローバーは 解散した。 ただ一人――ラブの夢を置き去りにして。 再会した時の、震えるラブの体を思い出した。溢れる涙を思い出した。 酷いことをしたと思う。ラブは家族として愛してくれた自分と、掴めたはずの プロダンサーへの夢を同時に失ったのだ。 それでも笑顔を絶やすことなく励まし、送り出してくれた。 平気なはずはない――平気なはずはないのに―――― 「せつな、どうしたの? 泣いているの?」 「ラブ……ごめんなさい。私は……そんなつもりじゃなかった」 いつの間にか立場が逆転していた。気が付くとステージは終了し、ラブの様子も元に 戻っていた。 湧き上がる心のまま謝罪の言葉を口にする。でも――そんなつもりじゃないなら、 どんなつもりだと言うのだろう。 あの時の私には、ラブのことまで考える余裕が無かった。私が成すべきことを知って、 果たすべき使命を見つけて、それで精一杯だった。 今度は、みんなにも幸せになってほしかったから。 だから――最も愛してくれた、助けてくれた、支えてくれた人の幸せを犠牲にして しまった。 ううん――本当はそんなことすら、考えようとしなかった。 「せつなは悪くないよ。全然ちっとも――悪くなんてないんだから」 ラブはそれだけで全てを察してせつなを抱きしめる。そして、そっとせつなに ささやいた。 「あたしは幸せだよ。だって、せつなと一緒だもん」って。せつなの瞳に浮かんだ涙が 一粒の雫となって流れ落ちる。 「ラブ、せつな、どうかしたの?」 「何かあったの? ラブちゃん」 「あ、ううん、なんでもない。久しぶりのコンサートで感極まっちゃったみたい」 せつなはラブの腕の中でそっと涙をぬぐった。脳裏によみがえる記憶。巨大ドームで ピーチに抱きしめられたことを思い出した。 あの時と――同じだと思う。ラブは私と出会ってから傷付いてばかりいる。 繰り返される後悔と自責。私の人生はこんなことばっかりだ。 私は人を――――不幸にする。 でも――それでも――今を頑張るしかない。過ぎてしまった時間は戻らないから。 ひとつひとつやり直していくしかないんだ。 顔を上げてラブと視線が合う。優しさと愛情に溢れた瞳が語りかけてくる。 「せつなは何も心配しなくていいんだよ」って。 小さく頷いてラブから離れる。心配そうにする美希と祈里に笑顔で振り返る。 今の私にできること、それは――今日という一日を精一杯幸せな日にすること。 「さあ、行こう! 美希たん、ブッキー、せつな。お祭りはこれからが本番だよ」 辺りはすでに薄暗くなっていた。 昼間のお祭りとは全く違った趣があらわれる。 賑やかな飾りにすぎなかった提灯がその真価を発揮する。 暗闇の中で揺れる光の波。夜空にうねるように走る、幾千もの灯りが描く軌跡の美。 ただ綺麗というのではない。何か心を躍らせる、楽しい気持ちにさせる力が感じられた。 自然の生み出す輝きとは異なる美しさ。街の美しさ、祭りの美しさは人の心が生み出す 幸せの煌き。 無数の屋台が灯りをともし、夜店へと姿を変える。祭りを楽しむ人たちの笑顔を明々と 照らし出す。 街の人全員が一つの生き物であるかのような不思議な一体感に包まれる。 普段なら同じ場所に居ても、目的は人により様々だ。 大勢の人が同じ目的で同じ場所に集い楽しむ。街全体で心を一つにして楽しむ。 きっとそれが祭りなんだと思った。 「う~ん、どれも美味しそう」 「種類も多いけど、同じものがあちこちで並んでるのね」 「ちょっと歩けば大体そろっちゃうね」 「甘い甘い。匂いやお店の人の手付き。使ってる具材。選ぶ要素は沢山あるのよ」 焼きとうもろこし。イカ焼き。この二つは匂いが素晴らしかった。クラクラしてくる ほどに。 焼きソバにお好み焼き。チジミに焼き鳥。鉄板で焼く小気味良い音と立ちこめる煙が 食欲をそそる。 フランクフルトにフライドポテト。ラーメンにおでん。日頃見慣れた食べ物が、 祭りの中では抗いがたい誘惑を放つ。 結局選ぶことが出来ずに、みんなバラバラに違うものを買って少しづつ分け合って 食べた。 お祭りに慣れていないせつなに楽しんでもらおうと、せつなの皿にはたくさん盛り付け られた。 とても全ては食べきれない。「ラブ、あーん」せつなはラブの口にせっせと運ぶ。 ラブの頬に冷汗が流れた。 腹ごしらえが済んだら他の夜店を見て回る。 射的。ダーツ。輪投げ。ヨーヨー釣り。景品に欲しいものが無くて挑戦しなかったが、 見ているだけで楽しかった。 そして、ひときわ大きな子供たちの声に足を止める。聞いたことのある名が出てきた からだ。そこは金魚すくいのお店だった。 男の子と女の子の二人。手元にはたくさんの破れたポイが散らばる。あれでは子供の お小遣いはかなり圧迫されるだろう。 ヌシと呼ばれる大きな金魚を狙っているらしいが、見る限りとてもすくえそうに なかった。 「ちっきしょー、隼人あんちゃんならこんぐらいわけないのにな」 「今年は来ないのかな? いっぱい探したのにね」 「ねえ、あななたち。隼人って言ったわよね?」 「言ったよ。図体でかくて馬鹿だけど、金魚すくいはすっごく上手だったんだ」 「おにいちゃん口が悪いよ。優しくて面白いお兄ちゃんなの。お姉ちゃんお知り合い?」 「ええ、残念ながら知り合いよ。あの金魚をすくえばいいのね、私にやらせてみて」 手にしたポイは二つ。構造は針金の輪に和紙を貼り付けたもの。水の付加をかければ あっという間に破れてしまうだろう。 だったら追いかけるのではなく、待つ。ヌシの進路を予測して頭の位置にポイをそっと 沈める。乗った瞬間に水面と平行に滑らせるように持ち上げる。 しかし――後少しということろでポイが破れ逃げられてしまった。落胆する子供に、 次は大丈夫よと声をかける。 気をつけるのは尾の動き。全身をポイに乗せては駄目なのだと知る。今度は更に慎重に、 頭と尻尾を枠に乗せるようにしてすくい上げた。 店主さんはやられたなあと頭をかきながらヌシを袋に入れてくれた。小さな袋に大きな 体。少しの間我慢してねと謝った。 ヌシは赤と白の対照がきれいな金魚だった。サラサリュウキンという品種だと祈里が 教えてくれた。 そして子供たちにプレゼントする。今年は隼人は来られないから、その代わりだと 言って。 「やった! 姉ちゃんも凄いな」 「ありがとう、お姉ちゃん。でしょ、おにいちゃん」 「いいのよ、大事にしてあげてね」 子供たちのキラキラ輝く尊敬の眼差しに気恥ずかしさを覚える。仲良く手をつないで 帰る二人を、せつなは手を振って見送った。 凄い……か。隼人もそう言われていたらしい。 ラビリンスで受けてきた訓練。他人を傷付け奪うための技術でも、使いようによっては 笑顔を生むことも出来る。 決意を新たにする。今度こそ自分の命を、力を正しく使って生きていこうと。 クローバーフェスティバルもいよいよ大詰め。ラストを盛大に飾る、花火大会が 行われる時間になった。 爆音と共に閃光が闇を切り裂く。 幾多の星が煌く夜空も、今夜ばかりは主役の座を奪われる。 一瞬の沈黙の後に開花し、色鮮やかな大輪の華を咲かせる。 次々と打ちあがる花火は、息つく暇も与えず大音響と共に振動を体に伝える。 低空で炸裂する庭園花火。見上げる必要すらなく、迫力を持って見るものに迫ってくる。 直径二百メートルを超える尺球。視界いっぱいに広がる星が球状に飛散する。 網仕掛。遥か上空より、光の雨が滝の如く降り注ぐ。 スターマイン。時間差で連続で爆発し、美しき光の絵画を夜空に描く。 繊細かつ大胆。儚くも激しい音と光の競演。見るのではなく、記憶に焼き付けられる ような美しさ。 「ねえ、せつな。花火ってね、一発一発がいろいろな思いや願いをこめて作られて いるんだって」 「人の手で作られているの? あれだけ大掛かりなものが?」 「うん、長い時間をかけて色んな工夫を重ねながらね。花火職人さんの夢を乗せて咲く から美しいんだって」 ラブがせつなの手をしっかりと握る。そして、ささやく。「いつかあたしたちも、 大きな夢を咲かせようね」って。 せつなは返事ができなかった。ただ、強く――強くラブの手を握り返した。 凄い数の花火が同時に上がる。耳をつんざく炸裂音。眩しいほどの強烈な閃光。 無数の色の光が更に次々と変化していく。形を変えながら夜空一面を染め上げる。 感動のフィナーレだった。 「美希たん、ブッキー、今日はありがとう。またね」 「ありがとう。本当に楽しかった」 「また四人で見られるなんて思わなかったもの。アタシこそありがとう」 「うん、おじさんとおばさんにもよろしくね」 ゆっくり歩いて家路につく。同じ緩やかな歩みでも、帰りの足取りはなぜか重い。 皆、祭りの余韻を惜しむかのように―――― 「ただいま、おとうさん、おかあさん」 「ただいま。遅くなってごめんなさい」 「おかえり、ラブ、せっちゃん」 「しっかり楽しんできたかい? 後悔しても後の祭りだぞ」 圭太郎の冗談で苦笑ながらも二人の間に笑顔が戻る。ラブもせつなも、なんとなく 元気がなかったので気を使ったのだ。 「まあ、祭りの後というのはそういうものだ。楽しみだった分、終わると喪失感が 大きいんだよな」 「ラブは毎年だけどせっちゃんまで。やっぱりお祭りの後は寂しい?」 「はい――少し」 「あはは、今から来年が待ちきれないよ」 本音を語るラブと、嘘を――――ついたせつな。 せつなは特に寂しいとは感じなかった。この家で過ごすことこそが一番大切な幸せ だから。 戸惑いを覚えるほどに、申し訳ないと感じるほどに、得がたい幸せだと思うから。 元気がないんじゃない。ただ、考え込んでしまっていた。 胸に渦巻く想い。コンサートの時のラブの様子。 手の届かなくなったものを苦しそうに見つめる瞳。伝わってくる激しい喪失感。 あれが――夢だと言うの? 花火を見ながらラブが言ってくれた。一緒に夢をつかもうって。答えられなかった 自分への歯がゆさ。 夢って何だろうと思う。幸せを導く大切な願い。わかるのは、ただそれだけ。 私の心からの願い。みんなを笑顔と幸せでいっぱいにしたいという想い。 これとラブや美希やブッキーの描くものは果たして同じなのだろうか。 わからないから逃げてきた。考えないようにしてきた。そんな気がした。 だから向かい合おうと思った。すぐには見つからなくても、探していこうと思った。 教えてもらうものじゃないような気がした。 必ず見つけてみせる。私の本当の夢。夢というものの真実の姿を。ラブと――一緒に。 「ねえ、ラブ! 私――精一杯がんばるわ!!」 「えっ、どうしたの? せつな」 「ふふ、なんでもない」 せつなの表情に明るい輝きが戻る。それはラブに、圭太郎に、あゆみに伝わり、 たちまち桃園家に明るい笑い声が響き渡る。 きっと見つかる。この街でなら。ラブや美希やブッキーや、おとうさんとおかあさんと 一緒なら。 せつなの決意をやさしく包みながら、幸せの街の一番幸せな日は静かにその一日を 閉じた。 新-063へ
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「来月のパジャマパーティーなんだけどね。」 「クリスマスイブでしょ?ちゃんとアタシ、スケジュール空けといたわよ。」 「わたしも平気だよ。病院もお休みだし。」 「クリスマス…。私、すっごく楽しみだわ!」 「でね~。あたし、こんなの用意してみたの!」 「ラブちゃん!内緒だって言ったのに…。もぅ、気が早いんだから。」 「何……コレ…」 「帽子?大きな袋もあるけど。」 「せつなはこっち。美希たんはこっちね。」 「私?どして?」 「なーーーーーーーんでアタシがトナカイになんなくちゃいけないのよ!!!」 「せつなの大好きな色ってなーんだ?」 「赤…だけど。」 「せつなちゃん。悪いんだけど…、そのキュアパッションに…」 「お願いせつな!ちょっとだけでイイから!」 両手を合わせて懇願する二人にちょっと戸惑い気味のせつな。 「あなたたち…、アタシはほったらかしなワケ!?」 「いやいや、んな事ないよ美希たん。買ってきたのが大きかっただけだよ。」 「美希ちゃんお願い。わたし、信じてる。」 「美希が着替えるなら私も精一杯がんばるわ!」 (どう考えてもおかしくない?この現状…。) 少し不満気な様子の美希。とは言え祈里からのお願い、はたまたせつなからも 条件を突き付けられ、とても逃げれる雰囲気でもなく…。 「わ、わかったわよ!完璧に着こなしてみせるんだから!」 「わはー!ありがと美希たん!じゃせつなもお願いね。」 「わかった!」 ―――チェィィィンジ・プリキュアッ!――― (パッションサンタ…。 「ねえ…ラブ?今日はこの姿で…」 的な。) すっかり脳内はHな事で頭がパンパンなご様子のラブ。 一方… (すっごく恥ずかしいんですケド…) せつなの変身に比べて、明らかに地味な〝変身〟の美希。 思わず本音がぽろりとこぼれる。 「トナカイなんてあたし…」 「かわいいよ美希ちゃん。なでなで」 「どうせトナカイの方に興味あるんでしょ!」 「美希ちゃんの方…」 祈里の〝本音〟が聞けてすっかりご満悦の美希。 が、しかし。準備が出来た二人を見つめてみると、明らかなミスマッチで。 こらえ切れずに吹き出してしまうラブと祈里。 (秘密の企画ってこう言う事だったの…。ラブの仕業なのね。…哀れな美希…) もちろん、熱いお説教が美希からラブにされたのは言うまでもなく。 祈里の仲裁が無ければ来月のパジャマパーティーも中止になっていたはずで。 「来月楽しみにしてるよ。ラブちゃんせつなちゃん、またね。」 「うん!絶対来てね!」 「さようならブッキー。美希も似合ってたわよ。くすっ」 「せーつーなー!!!」 ~その日の夜~ 桃園家にせつなが最初に来た冬くらい、 サンタクロースを信じさせてもいいのかな…。 朝起きたら枕元にプレゼントが…なんて素敵サプライズも考えたりして。 でも、中学生じゃもう無理かなぁ? いや!んな事ないよ、絶対。 「サンタさんはいつ来てくれるのかしら!」とかワクワクして 眠れなくなって、せつな徹夜しそうだし。 「もし…、本当に居たとしても…私の所には来てくれるかしら…」 なーんて、俯いちゃうのも良いんじゃない? そんな時こそ!あたしが100円貯金貯めて買ったプレゼントを 夜中にこっそり置きに来るわけだ。 (我ながらイイハナシダナー) バレたらウルウル、 バレなくてもキラキラのせつなが拝めちゃう。 「……ラブ?」 「(ギクリ)せ、せつな……起きてた……の」 「あら?ラブ、その手に持ってるのって、もしかして……」 「(バレた?ど、どうしよう……)ええっと、これはね、あのね」 「あ、もしかして……」 (!) 「サンタさんって、ラブのことだったのね!」 (えっ……そっちなの?) というわけで、バレても問題ないんだよん。 やっぱりせつなは、私の大切なお嫁さんなのだー! 「いい加減脱がせてよ…」 「いやいやいやーん。わたしだけのトナカイさんなんだもん!」 (やっぱりアタシじゃないのね…) 「そんなに脱がせて欲しかったの?じゃあ脱がせてあげる」 「祈里…」 「!!…美希ちゃん、トナカイさんの下って…裸だったのね」 「早く祈里に脱がせてほしくて…」 「美希ちゃん可愛い…」 ~END~
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「ひめはじめ」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY R18 「タッハぁ~!すごい人だったねぇ!」 時刻は午前1時をとっくに過ぎた。 それなのに町も家の中も明かりとざわめきに溢れている。 「大晦日」から「元旦」に切り替わる瞬間。一年が新しく生まれ変わる。 家族で「初詣」に行く道すがら、お父さんが教えてくれた。 夜中にみんなでお出掛けなんて初めて。 私もラブもお母さんに「風邪引かないように!」とマフラーやら ストールやらでぐるぐる巻きにされた。 神社に着くと驚くほどの人人人! 「これも日本の伝統美!!」と、ラブが鼻を膨らませて威張っていた。 「ふぅ!やっと落ち着いたねぇ。」 ラブはモコモコした防寒着を脱いで、フリースとミニスカートで 私の部屋でくつろいでいる。 クリスマスもそうだったけど、「お正月」と言うのもまた特別な行事らしい。 ラブ曰く、何でも頭に「初」か、語尾に「始め」を付けるとお正月っぽい言葉になる。 現に昔からたくさんの言葉があるらしい、「初日の出」「初笑い」「書き初め」… まだあったはずだけど。 「せーつなぁ!」 ちょいちょい、とラブが手招きして自分の隣に来るように促す。 「あっ!コラ…っ!」 途端に首筋に顔を埋め、セーターの中に手を突っ込んでくる。 「んっ、もう……!お母さん達、まだ起きてるのよ…?」 「んー?ハイハイ、だから声出さないでねー……」 「あっ…、だから!そうじゃなくて……」 パチンとフロントホックのブラが外される。 最近、やっと気が付いた。ラブは下着を買う時やたらこのタイプを薦める。 後ろに手を回すより便利だから、と言っているが…… (絶対、このためよね……) 「……ーっひぁ!」 まだ冷たさの残る指で乳首を摘まみ上げられ、せつなはビクッと 体を跳ねさせる。 指の冷たさと反比例するように、体はどんどん火照っていく。 尖り立った乳首を弾かれ続けると、足の間がむずむずしてくる。 「ひめはじめ、ひめはじめ……」 ラブは耳たぶを甘く噛みながら、謎の呪文を呟く。 「……んっ!…え、何?」 「あのねぇ、年が明けてからの初エッチ。『ひめはじめ』って言うの。」 だから、コレもお正月行事の一つなんだってば。 ラブはそう言いながら、セーターを捲り上げる。 乳首に吸い付き、熱い舌を絡ませる。 「あっ…ん!またそんな、適当な事……」 「……ホントだってばぁ…。何なら後で調べてみてよ…。」 ラブが力の抜けたせつなから素早く下着を脱がせた。 膝を開かせながら、内腿に指を滑らせる。 ここまで来ると口では抵抗しても、もうせつなは逆らうのを諦めている。 「ね……、ホントに、ダメ。お母さん達が…んんっ、んっ…!」 「うん、そんなに時間掛けないから…、一緒に…。ね?」 一緒に、イッちゃおうか……? ラブはせつなの手を自分のスカートの中に導く。 ひんやりとした太ももを辿り、対照的に熱をたぎらせた秘部に指先が触れる。 (ラブと……一緒に…) せつなもラブの下着を引き下ろし、フリースの中に手をもぐり込ませる。 小ぶりだが弾力のある乳房を揉みしだき、下は厚い粘膜に指を 飲み込ませていった。 「はふっ!ーーっン、ふぅ…んっ!」 ラブは嬌声をせつなの乳首に強く吸い付く事で抑える。 乳房に顔を押し付け、歯を立てながら先端を舌先でつつく。 指にまとわり付く秘肉を引き剥がしながら、乱暴なほと強く中を掻き回した。 せつなが歯を食いしばり、仰け反る。 (あぁっ…、ダメ、このままじゃ…!) 込み上げる快感に、胸を喘がせながらやっとの思いで口を開く。 「ーーラブっ、…キス、して……!このままじゃ…っ!」 声を抑えるなんて無理。お願いだから、口を塞いで。 情欲に潤みきったラブの瞳と視線がぶつかる。 噛み付くように唇にしゃぶりつき、舌を吸い合う。 唾液に濡れた乳首がすうすうする。ラブがそれを指に絡めるように 大きく乳房を捏ね回していった。 せつなもお返し、とばかりにラブの乳首をつねり上げる。 ギリギリ、 我慢できるくらいの強さに。 ほんの少し、快感が上回るくらいの力加減で。 「はあっ…はぁっ……んぅぅ…、ふっ…ぅ…ん…」 塞ぎ合った唇の間から漏れる吐息が抱いた、隠しきれない快楽。 淫らに濡れた音と興奮した息遣いが、しんとした部屋に響き渡る。 外は雪がちらつくほど寒いのに、額の生え際にしっとりと汗が浮かぶ。 気持ちいい…、止められない。 早く逝きたい、でも、この時が永遠に続いて欲しい。 (もう、そろそろイカなきゃ……) ラブが合図のように、せつなの膨れた陰核を弾く。 せつなも震えながら、器用にくるりとラブの突起の包皮をめくる。 お互いの一番気持ちいいところを容赦なく責め立てる。 ラブは優しく表面を磨きあげるように。 せつなは軽く摘まんでしごくように。 体が細かく痙攣し、中が小刻みに強く収縮を始める。 (あぁっーー!もうっ、……!!) (もう少し、もう少しだけーーっ!!) 「あふっ!……っくぅーーっっ!!」 せつなが大きく痙攣し、白い喉を反らせた。 ラブはせつなの胸に顔を擦り付け、叫ぶのを堪える。 二人は抱き締め合いながら、爆発し、駆け巡る快感に酔いしれた。 下着を脱ぎ、胸元をはだけた睦み合う為に最低限に乱した衣服。 それが却って羞恥と興奮を刺激し、我を忘れて乱れてしまった。 上気した頬と潤んだ瞳のまま、二人は熱っぽい額を寄せる。 「………何だか、恥ずかしい。」 「うん……、あたしも。」 軽く唇をついばみ合いながら、クスクスと照れ笑いが漏れた。 せつながぐったりと横たわる。 無防備に緩んだ膝、まだとろりと濡れた瞳。 うっとりと情事の余韻を味わうしどけない姿に、ラブの中に 愛しさが込み上げる。 「あの……、ラブ…。」 「ん?なぁに?」 少し汗ばんだ前髪を撫で付けながら、額から輪郭をなぞるように キスを落としていく。 「今年も、よろしくお願いします……。」 はにかんだ、せつなの微笑み。覚えたての台詞を初めて使ってみる。 使い方、間違ってないかしら? 「こちらこそ!」 そう、ラブは力いっぱいせつなを抱き締める。
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「今日はクリスマスイブね。この前のペンダントのお礼を兼ねてクリスマスプレゼント」 私はラブに昨日の夜ラッピングをしたプレゼントを渡す。ラブ、喜んでくれるといいけど。 「ありがとう、せつな」 「中を見て、文句を言わないでね」 「ここで開けてもいい?・・・・アカルン使用券?」 「お父さんやお母さんにいつまでも迷惑を掛けられないから、お金をかけられなくて。 こんなものでごめんなさい」 「せつな、ありがとう。せつなから貰うものなら何でも嬉しい」 私の大好きないつものラブの笑顔。だけど、いつもより輝いて見える。 大好きな人が喜んでくれる。笑顔でいてくれる。それだけで、私も嬉しい。 お父さんもお母さんもクリスマスイブということで、早めに仕事を終わらせてくれたみたいで、4人でパーティの準備を始める。 「お母さん、刷毛で鳥肉に塗っているの、何」 「これは溶かしバターで最後に塗ると、皮がカリっと焼けて香ばしくなるの」 鳥の形そのままのお肉。お母さんが近くのお肉屋さんに特別に注文していたものらしい。 「ラブ、手に持っている緑の野菜、何」 「ピーマンだよ」 でも、今日はクリスマスパーティーなのにピーマン、どして? 「ベーコンが油が出るくらいまで焼いて、そこに適当に切ったピーマンを入れるっと。 あたしは焦げめがついたくらいいいかな。ピーマンに甘味が出て。 最後にちょっと多めに塩胡椒を入れる。お父さんのお酒のおつまみにもぴったりだよ」 「お父さんが作っているの、何」 「ホワイトシチュー。じゃがいも、人参、玉ねぎを煮込んで、ルーを入れて一煮立ちしてから火を止めて、最後に湯掻いたほうれんそうを入れる」 人参を煮ていた時点でラブは諦めていたみたいだけど、お母さんは不意をつかれたみたいで、なんとなく顔が青ざめているような気がする。 「二人とも、僕のシチュー食べられないって言うのかい」 「・・・・」 「私は精一杯、食べるわ」 「せつなは嫌いなものが入っていないかもしれないけど・・・・」 「せっちゃんはお皿出してくれる」 「はい」 「いただきます」 4人で囲む食卓。いつもの家族の団欒。 だけどいつもと違う、心が弾む感じがする。これがクリスマス? 「あたしの小さい頃なんだけどね。 サンタさんにプレゼントをくれたらお礼を言おうと思って、寝ないで待っていたことがあったんだ。 でもそこにお父さんが来たから驚いて・・・」 「そうかそれでラブは、お父さんが来たから、サンタさんが来なかったって泣いたんだね」 「なかなか泣きやまないラブをなだめるのに苦労したわよ」 私の知らないクリスマスの思い出。 でもいつか今夜のことも思い出となって、こうやって話題に出るのかもしれない。 今日はお父さんもお母さんも早く帰ってきたからか、いつもより後片付けに時間がかかったといっても、寝るというにはまだ早い時間。 自室に戻ろうとすると、 「後で、あたしの部屋に来てくれる?」 「まさか、今夜は何もしないから、多分、ねとか言っちゃったりする?」 「・・・・・・」 「そんな展開になったら、すっごく私が困るんですけど」 「せつな、もしかしてあたしの事嫌いになった?それとその口調、なんかいつものせつなじゃない。もしや、セレワターセ!!」 「違う、私だけど私じゃない」 「分かった確かに、せつなだね。今夜は何もしないから、おそらく」 「・・・・・・」 「冗談、冗談。さっきのコレ」 と言って、赤いカードを渡してくれる。私がラブに渡したプレゼント、アカルン使用券。 「コレ使ってもいい?あたし、せつなと行ってみたい所があるんだ」 「―――」 「そんな所でいいの?普段行けない所でもいいのに」 「うん、夜にせつなと行ってみたかったんだ。お母さん達が心配するから暗くなってから出かけられないし」 「じゃあ、せつな、お願い」 「分かった。アカルン、お願い」 ここは、クローバータウンストリートが見渡せる丘の上。 私が初めてお母さんと出逢った場所、そしてその夜、私に初めて家族ができた場所。 「ここは、せつなとお母さんが初めて会った所だったよね」 「そうね」 私とラブは寄り添いあって、丘の上から眼下に広がる街を眺める。 家々に明かりが灯り、街全体がまるでクリスマスツリーのよう。 あの光一つ一つに、幸せがあるのだろう。 家族でクリスマスパーティーをしていたり、 子供達がサンタさんのプレゼントを待ちながら眠っていたり、 恋人達が寄り添いながら愛を語ったりしているのだろう。 私がイースだった頃、壊していた幸せ。 私の寒さだけじゃない心の震えを感じたのか、ラブが私の肩に腕を回してくる。 「いつでも来れるのにわざわざここにしたのどして、とか思ってる? ここは、あたし達プリキュアが守ってきた街、そしてこれからも守っていく街が見える所。 あたしや美希たん、ブッキーだけじゃないよ。せつなも守ってきたんだよ、この街を。 だからこんなに幸せが満ち溢れている」 「それに、――――」 え、ラブ今何か言った? 「ううん、なんでもない。寒くなってきたね。もう帰ろう」 「うん」 私はラブの言葉に頷きながら、眼前の景色に意識を向ける。 月の光に照らされ、シロツメクサの緑の葉っぱは白い花のように、山の稜線は白く浮かび上がって見える。 山のあなたの空遠く、「幸」住むと人のいふ。 噫、われひとと尋めゆきて、涙さしぐみ、かへりきぬ。 山のあなたになほ遠く、「幸」住むと人のいふ。 山の遥かずっと向こうに幸せがあるという。 でも、私の幸せは山の向こうにあるのじゃない。 ここに、クローバータウンストリートに、そして、ラブのそばに在る。 了 本文中の詩「山のあなた」カール・ブッセ作 上田敏訳 SABI11はラブ視点で
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蒼の喪失(前編)/一六◆6/pMjwqUTk 「ラッキー・クローバー! グランド・フィナーレ!!」 少女たちが、右手を上げて高らかに叫ぶ。 その中央、凛として見上げる八つの瞳の先にあるのは、巨大な水晶に閉じ込められた、ソレワターセの姿。 「はぁ~~~~!!」 少女たちの気合とともに、水晶はみるみるうちに直視できないほどの輝きを放ち、中から断末魔の叫びが上がる。 「シュワ、シュワ~・・・」 そして。 パン!パン!パン!と三つの乾いた破裂音を残し、ソレワターセは跡形もなく消滅した。 (要するに、四人の気持ちが揃わないと使えない技、というわけね。) ウエスターの報告を思い出して、ノーザはフン、と鼻をならした。 ―――メビウス様が、しびれを切らしておいでです。そろそろインフィニティを手に入れなければ、如何にあなたといえども、お叱りを受けますよ。 さっきそう言い捨てて帰って行った、慇懃無礼なクラインの顔を思い出す。 (ふん、見ているがいいわ。これがあれば・・・。) ノーザの手にあるのは、ソレワターセの実。しかし、普通の実は鈍い緑色をしているのに、その実は血のような赤に染まっている。 まだ消去されずに残っていた、イースの管理データの一部。それを使って特殊能力を持たせた、特別製だ。クラインはこの実を届けに、本国からやって来ていたのだった。 このソレワターセの特殊能力。それは、記憶を消す力だ。攻撃を受けた者の記憶を封じ込め、思い出せなくする力。事実上、裏切り者のイース――キュアパッションになってからの彼女に関する記憶を、その者の頭から消すことが出来るのだ。 (ふふふ・・・。仲間から、今更ラビリンスのイースとして見られたら、あの子はどんな顔をするかしらねぇ。) ノーザは、口元に楽しげな笑みを浮かべた。 (問題は・・・誰を選ぶか、ということね。) このソレワターセの欠点は、記憶の封じ込めを維持するために、不幸のゲージの中にある、貴重な不幸のエネルギーを消費しなくてはならないことだ。インフィニティ発動のために、無くてはならない不幸のエネルギー。だからそう長い間、記憶を奪い続けるわけにはいかない。 しばらくの間、プリキュアどもがあの新しい技を使えなければ、それでいい。その間にインフィニティを奪って、ヤツらを始末する。四人の気持ちが揃わないプリキュアなど、恐るるに足らない。 (だから、一番効率的な相手を、一人選ばなくては。) ノーザはゆっくりと、壁に貼られている少女たちの写真に近づいた。 (そうねぇ。イースと最も遠い関係にある人物。プライドが高く、人に気を許さず、それゆえの脆さも持っている子。) ノーザの長い爪が、ついに一人の少女の写真の上で止まった。 「・・・ふふふ。ターゲットは、あなたねぇ―――キュアベリー。」 蒼の喪失(前編) 秋も深まった、四つ葉町公園。ラブたちはダンスレッスンを終えて、いつものドーナツカフェに集まっていた。勿論、タルトとシフォンも一緒だ。 今度の週末から、トリニティが久しぶりのツアーに出かけると言う。だから、二週間ほどダンスレッスンはお休み。さっき、ミユキからそう言われた。 ―――お休みの間、自主練習はちゃんとやるのよ! ビシッと指を立ててそう言うミユキに、声を揃えて元気に返事をしたものの、中学生の彼女たちにとって、週末まるまるのフリータイムは、とってもわくわくするもので・・・。 「ねえねえ。じゃあ今度の土曜日、みんなでどっかに遊びに行こうよ!」 「いいわね。私も、その日は予定入ってないわ。じゃあ、冬物のお洋服でも、みんなで見に行く?」 「えっと、確かその日から、新しい映画が封切りだったんじゃないかな。それを観に行くっていうのは?」 「うーん、そうだなぁ。でもさ、秋はやっぱり、遊園地じゃない?」 「何言ってんのよ。ラブの場合は、秋だけじゃなくて年中でしょ。」 目をキラキラさせて喋る三人の話を、せつなもやっぱり、好奇心に目を輝かせて聞いている。 この世界は、まるで中身がいっぱいに詰まった宝石箱みたいだ、とせつなは思う。どれも色や形が違い、それぞれの光を放って輝く、数々の宝石。目の前に無造作に並ぶそれらを、ひとつひとつ手に取り、眺め、そして選ぶことができる。何て楽しくて、明るくて、そして自由なんだろう。 「ねえ、せつなは? せつなは、どこに行きたい?何がしたい?」 ふいにラブに呼びかけられて、せつなは我に返った。 「え?私?」 「うん。せつなが決めてよ。今挙がってるのは、ショッピング、映画、それと遊園地。もちろん、他の場所でも大歓迎!せつなの好きなところに決めてよ。ねぇ、どこにする?どこがいい?」 「ちょ、ちょっと待って、ラブ。」 畳みかけるラブと、慌てるせつな。その様子を見ながら、美希は小さく苦笑する。ラブが最近、何かと言うとせつなに決定権を持たせようとしていることに、美希は気付いていた。 この世界に来るまで、「選ぶ」ということを知らなかったせつな。最初はドーナツカフェの飲み物ひとつ、文房具ひとつ、自分では選べなかった。それどころか、自分の好みすら―――何が好きで、何が嫌いで、何が自分に似合うかなんてことも、まるでわからなかった。 ラブの家で過ごすようになって数カ月。飲み物や食べ物、洋服や本・・・。人より時間をかけて迷いながら、彼女は少しずつ、自分のものを自分で選べるようになってきた。選ぶことを、楽しめるようになった。 ただ、今のような場合―――自分の選択が、仲間や家族、周りの人たちの行動まで決めてしまうと思うと、途端にせつなは逡巡してしまう。 「そんな・・・私には決められないわ。どれも楽しそうなんだもの。」 (やっぱり。そう言うと思った。) そう思っていることを顔に出さないようにして、 「え~!それじゃダメだよ、せつなぁ。」 ラブは思い切り、口を尖らせてみせる。 「せつなが決めたところに、みんなで行くのが楽しいんじゃない!」 「でも・・・」 助けを求めるように、困った顔で自分と祈里に視線を向ける彼女に、美希は優しく笑いかけた。 「ねえ、せつな。どこに行って何をしたって、こういうことに、成功とか失敗とか無いのよ。」 「そうそう。」 祈里が隣から、いつもののんびりした調子で相槌を打つ。 「誰かが決めたところに遊びに行く、っていうのはね。一人の好みにみんなが合わせよう、ってことじゃないの。自分ではなかなか選ばないような場所に出かけていく、っていう楽しみ方なのよ。そして、発見するの。」 「発見?」 「そう。ああ、この人はこういう場所が好きなんだなぁ、とか、こういうところも楽しいんだなぁ、とかね。同じものを見て、誰かと同じように感じたら嬉しいし、違っていても、やっぱりお互いのことがもっとよくわかって、嬉しいのよ。だから、みんなで出かけるのは楽しいの。」 「でも、そこが楽しくなかったら?」 「その時はね、こうするの。」 美希は、眉をワザと八の字に寄せ、怒っているような、困っているような顔を作って見せる。 「『なぁんなの?ここ。サイテー!!』 そうやってみんなで盛り上がるのも、結構楽しいわよ。」 声まで変えて、“悪口で盛り上がる中学生の図”をやってみせる美希に、せつなは思わず噴き出し、ラブと祈里は目が点になる。 「笑うことないでしょ?せつなのために、実演してるのに。」 「でも美希ちゃん。何もそこまでしなくても・・・。」 「そうそう。美希たん、綺麗な顔が、台無しだよ。」 ラブと祈里の冷静な突っ込みに、美希の顔もさすがに赤くなる。 「みきぃ、へんなかお~!」 シフォンが嬉しそうにはしゃぎながら、はぐっ、と勢いよくドーナツにかぶりついた。 「もうっ、シフォンまで・・・。」 「ふふっ。ありがとう、美希。私、ちゃんと決めるわ。でも・・すぐには決められそうにないから、もう少し考えてもいい?」 ひとしきり笑った後、自分を見つめてそう言うせつなに、美希は一瞬、眩しそうに目を細める。 (こういうところが、せつなって真面目で素直なのよね。) 自分にはなかなか真似のできないまっすぐな彼女。でも勿論そんなことは口には出さず、美希はパチリとウィンクしてこう言った。 「もっちろん。完璧なところ、選びなさいよ!」 「美希ちゃん、失敗してもいいんじゃなかったっけ・・・。」 祈里の再度の突っ込みに、ドーナツカフェに、また新たな笑い声が広がっていく。 「ええなぁ。なんか楽しそうやなぁ。」 「タルトちゃんも行く?」 「でも、わい、その日はここで、『タルやんのイリュージョンショー』があるんや。」 「・・・あれ、まだ続けてたんだ・・・。」 なんか、似たような会話を以前も聞いたことがあるような。あれは、いつだったっけ・・・。 美希がそう思った瞬間、 「ソレワターセ!!」 公園の一角にある雑木林の方から、突如、咆哮が響き渡った。 「わ!マズい。シフォン、行くで。」 「プリ~・・・」 タルトがシフォンの手を引っ張って、慌てて林の反対方向に走る。 「ソレワターセが?どうして突然?」 「シフォンちゃんは、今日はまだインフィニティになってないのに。」 「インフィニティになる前に奪う作戦かもしれないわ。とにかく早く行かないと!」 「うんっ!何だかわかんないけど、みんな、行くよっ!」 ラブの声に力強く頷いて、少女たちはそれぞれのリンクルンを構える。 「チェインジ!プリキュア!ビートアーップ!!」 桃色、青、黄色、赤・・・オーロラのような色鮮やかな光のベールが一瞬の輝きを放った後。 現れる、四人の伝説の戦士。 ツインテールをなびかせて駆けるキュアピーチに、ベリー、パイン、パッションが続く。 「ソ~レワタ~セ~!!」 巨大な草の蔓を幾重にも束ねて、人型をこしらえたような姿。中央にあるのは、不気味に光る赤いひとつ目。 それは何度も見たことのあるソレワターセの姿ではあったが・・・何だかいつもと様子が違う、とパッションは思った。隣りに立つパインも、同じことを思ったらしい。 「何だか今日のソレワターセ、色が変。こんなに赤かったっけ?」 「そうね・・・。もしかしたら、何か特殊な能力を持っているのかも。みんな、気をつけて!」 「わかった!じゃあみんな、行くよっ!」 互いに目と目を見かわして、四人は走り出す。 ソレワターセの触手を跳んでかわすベリーとパッション。すぐさまひらりと飛び上がり、高速の回し蹴りを見舞う。 「ダブル・プリキュア・キーック!!」 身を屈めて後方へ跳んだソレワターセ。その太い触手が、着地しかけたベリーの足元を狙う。 「ダブル・プリキュア・パーンチ!!」 同時に踏み込むピーチとパイン。ベリーに迫った触手を、横から撥ね上げる。 触手が流れた隙に、本体に迫るベリーとパッション。パンチとキックの連打が、ソレワターセを襲う。 と、それに応えるかのように、二人の死角から伸びる、一本の触手。 「ベリー、危ないっ!!」 疾走したパインが、触手に体当たり。そのまま捕まりそうになった彼女を、間一髪で抱き止めるピーチ。 (何かおかしい・・・。) 鞭のような触手の動きを空中で回避しながら、パッションは不安に眉をひそめる。 (なんだか・・・ベリーばかりが狙われているような気がする。) そもそも、どうして今日のソレワターセは、シフォンを追おうとしないのだろう。 その時。ピーチが触手に弾き飛ばされる。受身も取れないまま、地面に叩きつけられる彼女。 「うっく・・・」 「ピーチ!!」 ピーチを襲う触手に、ベリーが放つ、矢のような蹴り。その後ろから伸びる触手に、肘をとばすパッション。 その隙にパインは、ピーチを抱えて触手の下を掻い潜る。そして攻撃の届かないところへ、彼女をひとまず避難させた。 「ピーチ、大丈夫?」 「うん・・・ありがとう。もう平気だよ。」 何とか自分の足で立ちあがったピーチが、再び攻撃に加わろうとした、その時。 「ベリー!!」 パッションの抜き差しならない声に、ピーチとパインは、ハッとして顔を上げた。 ベリーが触手に捕らわれ、身動きが取れなくなっているのだ。 空中高く舞い上がるパッション。手刀で、ベリーを拘束している触手を狙う。が、するすると伸びたもう一本が、彼女の攻撃を阻む。 「くっ。邪魔よっ!」 前を塞ぐ触手を、拳で撥ね上げる。そのとき、パッションは見た。ベリーを捕えた触手を伝って、何か赤い光のようなものが、彼女の体に流れ込んだのを。 「うわぁぁぁぁぁ~!!」 絶叫を上げるベリー。パッションは、目の前の触手を蹴って跳躍する。そしてベリーの体を抱きかかえ、触手を引き剥がそうと、渾身の力を込める。 「プリキュア!ラブ・サンシャイン・フレーッシュッ!!」 ピーチの声が響き渡る。目の前が明るくなり、ベリーを拘束していた触手が緩む。その隙に、パッションはベリーを抱えあげると、そのまま大きく跳んで地面に着地した。 「あ・・・」 「ソレワターセが・・・」 ピーチとパインの驚いたような声に、何事かと顔を上げたパッションも絶句する。 目の前で、ソレワターセの姿が次第に薄くなり、そのまま霞のように、消え失せてしまったのだ。 後には、気を失ったまま、変身が解けてしまった美希と、三人のプリキュアが残された。 「美希!美希!しっかりして!」 パッションは変身を解いてせつなの姿に戻り、美希を抱き起こす。 「・・・ん。」 少し苦しそうに顔をゆがめてから、美希の目が、ゆっくりと開いた。そして。 「・・・!!」 驚きに目を見張り、慌てて跳び退るように自分から離れた美希に、せつなはあぜんとした。 (・・・どうして?) 自分を見る、美希の瞳。そこに浮かんでいるのは驚愕と、それから・・・かつてのせつなが、よく目にしていた感情。こんな目で美希に見られるのは、久しぶりだ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!大丈夫?」 同じく変身を解いて駆け寄ってきたラブと祈里も、美希の口から飛び出した言葉を聞いて、呆然とする。 「ラブ!ブッキー!どうしてせつなが、ここに居るのよっ!」 「・・・え?・・・何言ってるの?美希たん。」 「せつなは・・・彼女は・・・っつ・・・!!」 ラブに何かを言いかけた美希は、不意に顔をしかめて両手で頭を押さえると、そのまま喘ぐように、地面に倒れ伏した。 頬にかかる布地の感触に、美希は目を開けた。いつの間にかベッドに寝かされ、布団がかけられている。 「美希たん!気が付いた?」 ぼんやりと目に映るのは、心配そうにこちらを覗きこんでいる、ラブと祈里の顔。 「・・・ここは?」 「美希ちゃんの部屋だよ。美希ちゃん、ソレワターセの攻撃を受けて、気を失っちゃったの。」 「ソレワターセの?」 何が起きたのか思い出そうとすると、頭がズキンと痛んで、美希は顔をしかめた。 「それで・・・二人でアタシを、家まで運んでくれたの?」 「それはさすがに大変だから、せつなにアカルンで・・・って、どうしたの?美希たん!」 ガバッと布団をはねのけて起き上がった美希に、ラブが驚いて身を引く。 「せつな!・・・そうよ、ラブ。ねえ、どうしてせつなが、あの場に居たの?」 「どうして、って・・・」 「さっきもそんなこと言ってたよね、美希ちゃん。せつなちゃんが、どうかしたの?」 「せつなちゃんって・・・。ブッキー。あなた、いつの間に、せつなとそんなに親しくなったの?」 「・・・え?」 美希の言葉に、祈里も驚きに目を見開く。 美希は大きくひとつ息を吸うと、二人の親友に、噛んで含めるように言った。 「ラブ、ブッキー。二人も見たでしょう?あの子は・・・せつなは、イースだったの。アタシたちの敵なのよ。」 「・・・・・。」 「・・・・・。」 ラブと祈里は、ためらいがちに顔を見合わせる。そして意を決したように、ラブが美希に向き直った。 「美希たん。よぉく思い出してみて。せつなは、確かにイースだったよ。でも、今は?」 「・・・今?」 「そう。今のせつなは、誰?」 (今の・・・せつな?) そう考えた途端。頭蓋骨を直接万力で締め付けられたような痛みに襲われ、美希は声も上げられずに、ベッドに倒れ込んだ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!」 「・・・ごめん。大丈夫よ。」 しばらくして起き上がった美希は、青ざめてはいたが、その声はしっかりしていた。 「何でだろう。今、物凄い頭痛がしたの。こんなの初めて。」 「美希ちゃん・・・。やっぱり、ソレワターセに何かされたのね。」 「ソレワターセに?」 「そう。美希ちゃん、ソレワターセに捕まったとき、凄く苦しそうに悲鳴を上げてた。その後すぐ、気を失っちゃったの。あのソレワターセ、色も変だったし、きっと何か特殊能力を持っていたんだと思う。」 祈里の冷静な分析に、 「何を・・・されたの?」 美希は恐る恐る尋ねる。 「それは、まだよくわからないけど・・・。でも、美希ちゃん。」 祈里は不安に揺れる瞳で、美希の顔を覗き込んだ。 「せつなちゃんのこと・・・まだ、イースだと思ってるの?」 「まだ、って何よ。」 祈里の不安が、さらに膨らむ。 「もしかして・・・。ねぇ、美希ちゃん。今日は、何月何日?」 「変なこと訊くのね、ブッキー。今日は・・・10月25日でしょ?」 「ソレワターセと戦う前、わたしたちが何をしていたか、覚えてる?」 「確か・・・カオルちゃんの店で、ドーナツ食べてたわよね。タルトやシフォンも一緒に。で、今度の土曜日、どこかに遊びに行こうって相談して・・・うっ!」 再び頭痛に襲われ、顔をしかめる美希。 「そっか・・・。完全な記憶喪失ってわけじゃないのね。」 「ブッキー、どういうこと?」 二人の様子を心配そうに見ていたラブが、泣きそうな目をして、祈里に詰め寄る。 「もしかしたら、記憶喪失になったのかなって思ったんだけど・・・。記憶が無いのは、せつなちゃんのこと限定なのかも。」 「せつなのこと?」 「・・・っていうか、キュアパッションのこと、って言った方が、いいのかな。」 「じゃあ、ソレワターセが?」 「うん。きっと美希ちゃんから、キュアパッションになってからのせつなちゃんの、記憶を奪ったんだと思う。」 「そんな!でも、何のために?」 「それは・・・よくわからないけど・・・」 ラブと祈里のやり取りに、美希が首をかしげた。 「キュア・・・パッション?」 「そう。あのね、美希たん。せつなは今、あたしたちの仲間、キュアパッションとして、一緒に戦ってるの。せつなが、四人目のプリキュアだったんだよ。」 ラブは美希に、彼女が奪われた、せつなの真実を話そうとする。しかしラブの話は、美希の苦しげな声で、すぐに遮られた。 「やめて!やめて、ラブ!頭が・・・頭が割れそう・・・」 ラブの言葉で、何らかの情景が浮かびそうになるたびに、途方もない力で、頭が締め付けられる。 痛みで真っ赤に彩られた脳裏に浮かぶのは、あの時の・・・正体を現した、せつなの姿。両手を真横に開き、こちらを睨みつける、暗い憎悪に燃えた眼差し・・・。 「ラブ!騙されちゃダメよ!せつなは、イースだったの。ラビリンスだったのよ!!」 まるでうわ言のようにそう繰り返す美希に、ラブはなす術もなく立ち尽くす。 この世界に来たばかりのせつなに、仲間の中で誰よりも気を遣い、早く彼女が慣れるようにと、心を砕いてきた美希。だが、せつながイースだった頃、いち早く彼女に疑念を抱き、警戒していたのも美希だった。そのせいだろうか。美希が、せつなと打ち解けて話せるようになるには、時間がかかった。 一月ほど前。初めて二人だけで出かけたときに何があったのか、詳しいことは、ラブは知らない。でも、あの日から二人の距離が縮まったのは、ラブと祈里の目にも明らかだった。 その美希が、今は全身で、せつなを拒絶している。やっと・・・やっと、互いに少しずつ理解し合い、歩み寄れたというのに。 俯いて、肩を震わせ、泣き出しそうになるラブ。しかし隣から、 「美希ちゃん!」 いつになくきっぱりとした祈里の声が聞こえてきて、目を上げた。 祈里は、ベッドにうずくまる美希の肩に手をやると、ニッコリと微笑んで、優しい声で言った。 「美希ちゃん。思い出そうとするから、頭が痛むんだと思うの。何も思い出さなくていいから、美希ちゃんが全く知らない、初めて聞く話として、ラブちゃんの話を聞いて。」 「ブッキー!」 ラブの瞳に、わずかに力が甦る。しかし美希は俯いたまま、ゆっくりとかぶりを振った。 「ダメだわ、ブッキー。アタシ、とても信じられない。あのせつなが、四人目のプリキュアだったなんて。アタシたちの仲間だなんて。ごめん・・・。ごめん、ラブ、ブッキー。」 「諦めちゃダメよ、美希ちゃん!!」 祈里は、美希の頬を両手で挟み、グイッと顔を上げさせた。彼女には珍しいその剣幕に、ラブも驚いて祈里を見つめる。 「せつなちゃんは、確かにわたしたちの仲間なの!以前はイースだったけど、今はわたしたちと一緒に、必死で戦ってるの!今の美希ちゃんが、せつなちゃんを信じられないと言うなら、それでもいい。それなら、ラブちゃんとわたしを信じて!お願い!!」 「ブッキー・・・。」 大きな目に盛り上がった涙をこぼすまいとするように、祈里は美希を強く見つめ続ける。普段は物静かなその瞳に、仲間を思う必死の思いが、そして、自分にせつなを取り戻させようとする、悲しいまでの祈りが込められているのを、美希は見せつけられる。 美希の中に焼きついてしまった、イースとしてのせつなの姿は、消えはしない。でも、脳裏にある彼女の憎しみに燃える瞳が、不思議と今は、やり場の無い哀しみを湛えた瞳のように、美希には思えてきた。 「わかったわ、ブッキー。やってみる。ラブ、話して。」 「うん。・・・辛くなったら、無理しないで、いつでも言って。」 ラブは、美希を気遣いながら、ゆっくりと少しずつ、話していった。 あの、ドームでせつなが正体を明かした、その後の物語を。 せつなと森の中で戦ったこと。その中で知った、せつなの想い。イースの寿命が尽きたこと。そして・・・大切な仲間になった彼女の、まだ紡がれ始めたばかりの、時間を。 せつなは一人、自分の部屋のベッドで、膝を抱えてうずくまっていた。 気を失った美希と、ラブと祈里を、アカルンで美希の部屋まで送り届けたのは、せつなだった。でも、せつな自身は、タルトとシフォンを家に連れて帰るからと言って、一緒に行くのを断った。 ラブは、いつもの夕食の時間をだいぶ過ぎた頃になって、やっと帰ってきた。どこ行ってたの?と眉をひそめるあゆみに、 「ごめ~ん。美希たん家で、つい話しこんじゃって。」 と明るく笑ってみせたラブだったが、その顔には、隠しきれない疲労がにじんでいた。 「あら、美希ちゃん家に・・・。せっちゃん、どうして一緒に行かなかったの?」 「あ、私、図書館に本を返しに行かなきゃいけなかったから。でも、後から追いかければよかったわ。」 「そう。」 下手な嘘をついてぎこちなく笑ったせつなに、あゆみは少し心配そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。 遅い夕食の後、ラブは、ところどころ言いにくそうにつっかえながら、美希の様子を話してくれた。せつなは、膝の上でギュッと手を握りしめて、黙ってラブの話を聞いた。 (やっぱり、そんなことだったの。) 戦いの後、気絶から覚めた美希の瞳に、浮かんでいたもの。驚きと―――そして、敵意と拒絶。それは、かつてイースが、ドームでの戦いの後、正体を明かしたときに、キュアベリーの瞳に浮かんでいたものと、同じものだった。 「今までのこと、全部話そうと思ったんだけど、さすがに長い時間は、美希たんも辛そうでさ・・・。でも、一番大事なことは、きちんと話したからね。美希たんも、わかったって、ちゃんと言ってくれたから。」 だから、せつなは何も心配しなくていいんだよ。そう言ってそっと抱きしめてくれたラブに、せつなは結局、何も言えなかった。 (美希・・・。) 今の美希の中では、自分はまだイースなのだと思うと、身体の芯が、さーっと冷たくなる。 ラブは、せつなが仲間になった経緯を、美希にきちんと話してくれたと言った。美希も、それをわかってくれたと言っていた。 でも・・・彼女は、今のせつなを思い出したわけではない。ラブの話を信じたと言っても、それだけで、美希は自分を受け入れることができるのだろうか。 ―――とても無理だろう、とせつなは思う。 イースとしてラブに近づいていた頃、美希が自分を疑っていることに、せつなは気付いていた。だから、キュアパッションとして生まれ変わり、仲間になった後も、自分を見つめる美希の眼が厳しいように思えて、せつなはなかなか、彼女に近付けなかった。 でも、本当は美希も、せつなと親しくなるきっかけを探していたのだ。 自分の考えや感情と向き合い、それを表現する経験をしてこなかったが故に、物事を言葉で伝えるのが苦手なせつな。 自分の弱さを見せるのを嫌うが故に、一度自分の気持ちを頭の中で組み立ててからでないと、表に出せない美希。 気持ちをストレートに表わすラブや、どこまでもマイペースな祈里には、うかがい知れない高いハードルが、二人の間にはあった。 初めて二人で出かけたあの日。最初は会話が弾まず、気まずそうだったけれど、美希が終始、自分に歩み寄ろうと努力してくれているのを、せつなは感じた。だからこそ、美希の役に立とうと、精一杯頑張った。その頑張り自体は空回りで、美希を疲れさせてしまったのだけれど・・・。でも、あの時二人は初めて、ハードルを越えられた。 美希は力強く、せつなの生き方を信じると言ってくれた。ひとりぼっちにはならないと、励ましてくれた。それがどんなに・・・どんなに、嬉しかったか。 (・・・美希。) せつなは膝を抱えたままベッドに横になり、身体を小さく丸める。 どうしても思い出してしまう。長いまつ毛の下から笑みを湛えて見つめる、美希の眼差し。時に力強く、時におどけた口調で励ましてくれる、美希の声。優しく差し出された、美希の手のぬくもり・・・。それらが自分に向けられる日は、もう来ないのではないか。 (―――美希!!) せつなは枕に顔をうずめ、声を殺した。 そして思う。一度、確かにこの手に掴んだと思ったものが、突然失われるということ。それは、こんなにも辛く、切なく、身を切られるように、痛いものなのかと。 どれくらいの時が経っただろう。 ラブの部屋から、タルトの回すオルゴールの子守唄が漏れ聞こえてくるのに、せつなは気付いた。 もう十時をまわっている。シフォンはとっくに寝ている時間だが、こんなときにインフィニティになったら大変と、タルトがずっとオルゴールを回し続けているのだろう。 (確かに、美希と私がこんな状態じゃ・・・えっ!?) せつなはあることに気付いて、ベッドから跳ね起きた。 ラブの部屋のドアを、小さくノックする。 「パッションはん。ピーチはんなら、お風呂やで。」 タルトの小さな声が、部屋の中から聞こえた。呑気そうな風貌とは裏腹に、タルトは桃園家の家族やプリキュアの足音を、遠くにいても瞬時に聴きわけるのだ。 「知ってるわ。ちょっと入るわね。」 部屋に入ると、タルトはオルゴールを回す手を休めず、目顔でせつなを迎えた。ラブのベッドでは、シフォンがもうぐっすりと眠っている。 「クローバーボックスが気になったんやろ?大丈夫や。ちゃんと蓋、開いとるで。」 「ホントね。良かった・・・。子守唄が聞こえたから、びっくりして来てみたの。」 せつなはタルトの隣に座って、四つのハートがくるくると回る様を眺めた。カラフルで美しいオルゴール。この中に、とてつもない力が秘められているなんて、とても見えない。 一度だけ、このクローバーボックスが開かなくなったことがある。ラビリンスの最高幹部・ノーザが現れて、もっと強くなりたいと、みんなで特訓を行ったときのことだ。 もう、私たちの力では、シフォンを守れないのではないか。そんな焦りと不安から、四人はチームワークを乱した。初めて喧嘩もし、仲間割れを起こした。そのとき、クローバーボックスは、どんなに力を入れても、頑としてその蓋を閉ざしたままだったのだ。 みんなの気持ちが合わなかったから、蓋が開かなかったんだろう、とタルトは言った。それならば、今の美希と自分の関係を考えれば、クローバーボックスはまた開かなくなっているのではないか。そうせつなは恐れていたのだ。 「なぁ、パッションはん。ソレワターセは、なんでベリーはんを、あんな目に遭わせたんやろか。」 「たぶん・・・目的は、私たちにグランド・フィナーレを使わせないことだと思う。」 プリキュアの新しい技、グランド・フィナーレ。ソレワターセをも倒すその必殺技は、四人のハートをひとつにして戦う技だ。ベリーがパッションを信じて、心を合わせてくれなければ、使える技ではない。 「なるほどなぁ・・・。せやけど、クローバーボックスは、こうしてちゃんと開くんや。まだ、望みはあると思うけどなぁ。ベリーはんだって、希望を捨てとらんから、ピーチはんの話を聞いたんと違うか?」 「希望を・・・捨ててない?」 せつなの目が、大きく見開かれる。 ―――どんなときも、希望を捨てちゃダメ! ピンチのたびに、そう言って仲間たちを励ましてきた、美希の声がよみがえる。 (そうね。美希は、希望のプリキュアだもの。きっとまだ諦めてない。最後の最後まで、希望を捨てるわけないわ。だったら、今の私に出来ることは・・・。) せつなの瞳に決意の光が宿った時、部屋のドアが開いて、ラブがタオルで頭を拭きながら入ってきた。 「あ、せつな、来てたんだ。」 「お邪魔してるわ、ラブ。あのね、明日学校から帰ったら、四人でここに集まってもいい?」 「勿論いいけど、何をする気?」 「美希に、どうしても伝えたいことがあるの。うまく伝えられるかわからないけど・・・。でも、今の私にできるのは、これだけだから。」 せつなはそっと、眠っているシフォンの頭をなでる。 あまりにも無防備で、あどけないその寝顔。私たちで、絶対に守り抜かなくてはならないもの。 そのためにも、そして美希のためにも、私に出来る精一杯のことをしよう。そう、せつなは誓う。 どんな状況でも、最後まで絶対に諦めない。その大切さを、その力の強さを、私はみんなに、身をもって教えてもらったのだから。 ~前編・終~ 複数36へ
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少女は歩く。 ゆらゆらと木漏れ日の降り注ぐ、静かな森の中を。 美しい黒髪を揺らして。物憂げな瞳で遠くを見据えて。 森は好きじゃなかった。一人でいることをひしひしと感じるから。 街に出たとたんに辺りに満ちる喧騒。 威勢のいい掛け声。楽しそうな談笑に囲まれる。 街は好きじゃなかった。自分だけ独りでいることを実感するから。 目的の場所に着いて一息つく。 朝の柔らかな日差し。広々とした空間。まばらに見かける人の姿。 公園は好きじゃなかった。ひとりでいる人なんてほとんど見かけないから。 でも――――ここには。 四ツ葉町公園の野外広場。そこに目指す人物が居た。 桃園ラブ。少女のただ一人の友達――――親友。 笑顔は好きじゃなかった。決して、自分には向けられることがないから。 だけど、ラブだけは違った。 どんなに皆に振りまいていても、自分の姿を見つけたらきっと―――― 一番輝いた笑顔で振り向いてくれるから。 日課となった公園の散歩。ダンスの練習の見学。 でも……その日に見かけた光景は、なぜかいつもと違っていた。 『翼をもがれた鳥(第三話)――――夢のまた夢――――』 ミユキと呼ばれるコーチ。そして、桃園ラブ、青乃美希、山吹祈里。 四人とも揃っているのに、なぜか一向に練習を開始しようとしない。 なにやら、誰かを探しているようにも見えた。 少女――――東 せつなは、怪訝に思い近づいて様子をうかがった。 「いたっ! せつなっ!」 「遅刻よ、せつな。連絡くらいしなさいよね!」 「せつなちゃん、何かあったの? 大丈夫?」 「えっ? 一体何なの?」 「さあ、みんなレッスン始めるわよ。ほら、せつなちゃんも急いで支度する!」 (遅刻? レッスン? それに、せつなちゃんって一体……) 公園のトイレに押し込まれてジャージに着替えさせられる。あまりの強引さに、何の抵抗もできずに 言いなりになってしまった。 横一列に並ばされる。ダンスミュージックがスピーカーから流れ出し、ダンスが始まる。 (ちょっと待って! 意味がわからない。どうして私がダンスなんて! やったこともない。できるわけ ないわ!) そう言いかけた言葉を、ミユキと呼ばれる女性の眼光がさえぎった。 力ある視線。期待と信頼と、そして強制。「やりなさい!」そう言っているようだった。 音楽が始まっているのに、一人だけ踊ろうとしないせつなに気がつき、全員が動きを止める。 叱られる、そう思って身構えた。ちょいどいい、言い返してこの場を離れよう。茶番に付き合わされ るのはまっぴらだと思った。 しかし、せつなに向けられたのは抗議ではなく、心配と思いやりと優しさだった。 「大丈夫だよ、せつな。わかるところだけでいいから、あたしたちに合わせてみて」 「ラブに合わせたら下手になるわよ? アタシに合わせたら完璧よ! なんてね」 「いきなりごめんね。まずは踊る楽しさを知ってもらおうって、ラブちゃんが強引に」 ラブがせつなの手を取って励ます。それだけなら理解は出来る。でも、青乃美希と山吹祈里まで―― どうして? 祈里はせつなの腕に軽く抱きついてきた。後ろに立った美希の手が肩に乗せられる。長い髪がせつな のほほをくすぐり、形容できない素敵な匂いに包まれた。 この二人は――――ラブの親友で仲間。自分のことは疑っていた。怪訝に思って警戒していたはず。 何かの罠なのだろうか? 「さあ! もう一度始めからよ。せつなちゃんもいいわね!」 『はいっ!!!!』 命令慣れした声。決して強い語調ではないのに、つられてせつなまで返事をしてしまった。 毒を食らわば~なんて諺を思い出した。わからないことから逃げ出すのは誇りが許さない。開き直っ て様子を探ることにした。 ダンスはいつも見ていた。 偵察の――――ためだ。他意は――――無い。 音楽はいつもと同じもの。振り付けは頭に入っている。ミユキと呼ばれる女性の叱咤の声も、何度も 聞いてきた。 大事なのは呼吸を合わせること。全員で動きを一致させること。確かにそう言っていたはず。 目付けと呼ばれる戦闘技術を駆使する。視野を扇状に広げていき、左右に立つ美希と祈里をなんとか 視界に入れることができた。 始めは動きについていくがやっとだった。音楽なんて耳に入れる余裕も無かった。しかし、やがて気 がつく。 本来、姿など見えるはずの無い四人を繋ぐ唯一の共通の情報、それが音楽であることに。 生演奏ではない録音テープは、毎回寸分の狂いも無く一定のリズムを刻む。そこに動きを落とし込ん で行けばいいのだと。 ミユキにしても、初心者であるせつなにいきなり一緒に躍らせる気は無かった。デタラメでいいから、 とにかく一度踊る楽しさを体感させるのが目的だった。 しかし、音楽を鳴らして数分でミユキの目つきが変わる。コンマ数秒遅れてはいるものの、信じられ ないことにせつなの振り付けは全て正確だった。 細かい動きにぎこちなさはあるものの、動きもどんどんキレが良くなっていく。曲が三週目を回る頃 には、遅れていたリズムまでもが他の三人と一致していた。 (これは――――なに?) ダンスの動きに徐々に身体が慣れていき、リズムに意識を大きく割かなくても踊れるようになった。 その頃から、これまで経験したことのない気持ちが胸に湧き起こり、全身に広がっていく。 訓練や戦闘ではない汗。無意味で効率の悪い運動。こんなものが――――なぜ―――― 気持ちいいと――――感じた。楽しいと――――感じた。嬉しいと――――感じた。 ミユキの口からレッスンの終了が告げられる。それをがっかりしながら聞いている自分に驚いた。 終わるのが――――惜しいと感じた。ずっと――――ずっと、もっと踊り続けていたいと感じた。 「お疲れさま、せつなっ! すっごかったよ」 「ホント、びっくりしたわよ。内緒で特訓してたんじゃないでしょうね」 「せつなちゃんなら出来るって、わたし、信じてた。でも予想以上だった」 口々に賞賛の言葉を浴びせられる。お世辞ではない、心からの喜びの声。美希と祈里から伝わって くる、信頼と好意に満ちた振る舞いに動揺する。 何があったのか未だに理解できない。ただ――――それを嬉しいと感じている自分がもっと理解でき なかった。 「お見事よ、せつなちゃん。これで次のダンス大会の目処はついたわね。これからの練習は厳しくなる から覚悟してね」 『はいっ! ありがとうございました』 (去っていくミユキに自然と頭を下げてしまった。何を――――やっているのだろうか、私は――――) 「よーし! 四つ葉になった新生クローバーで、今度こそ優勝ゲットだよ!」 「「「お~~~!!!」」」 小さな声。控えめに挙げた拳。でも、確かに参加してしまった。そのことに気がついて顔を赤らめる。 様子をうかがうと、優しそうな目でラブと美希と祈里が自分を見つめていた。 くすぐったくて、居心地が悪くなって帰ろうと思った。しかし、先手を打たれてしまった。 「せつなのクローバー加入のお祝いに、ドーナツパーティーしようよ!」 「賛成!」 「いいね、やろうやろう!」 「待って! 私は入るなんて一言も……」 右手と左手をそれぞれラブと美希に引っ張られる。背中を祈里に押される。 何を言っても聞いてもらえない。もう――――なるようになれと、せつなは諦めた。不思議に口元は ほころんでいた。 陽もずいぶん高く上り、日差しがきつくなる。 カオルちゃんのお店のパラソルを広げてテーブルについた。ラブがドーナツと飲み物を買いに走った。 ラブの居ない場所で美希と祈里と同じ時間を過ごす。たった数分でも、緊張で何時間にも長く感じら れた。 でも、二人は何気なく話しかけてくる。嬉しそうに、楽しそうに、好意に満ちた表情で。 もう、罠とは思えなかった。とにかく一生懸命に返事をした。何を話したのかは覚えていない。 「お待たせ! お昼だからかな、混んでて時間かかっちゃったよ」 「お帰り、ラブ。ありがとう!」 「ラブちゃん、おつかれさま」 「ありがとう……」 せつなは、カラフルなトッピングのドーナツを口に運んだ。とても甘くて、運動した後の疲れた身体に 染み渡る気がした。 そして、渡されたオレンジジュースを口にしようとした時、美希の手が差し出された。 「そのドーナツは特に甘いから、ウーロン茶の方が合うわよ」 「えっ? でも、これは美希のドリンク……」 最後まで言わないうちに、ストローを口に入れられた。びっくりしながらも一口飲んだ。美希が優し く微笑んだ。 「いいな~美希たん、せつなと間接キスだね。あたしのも飲む?」 「もう、ラブちゃんのはせつなちゃんと同じオレンジジュースでしょ」 「そっか、あはは」 何が起きているのか、全然わからない。このままではラチがあかない。そう思って、せつなは思い切 って尋ねた。 「どうして、美希と祈里は私に優しくするの?」 「どうしてって、お友達だからよ」 「うん、もっと仲良くなりたいからよ」 答えになってなかった。どうしてそう思えるのかを知りたかったのだ。 そして、ラブがとんでもないことを言い出した。 「いっそ、呼び方を変えてみようよ、せつな。美希たんとブッキーって! さあ、言って!」 「えっ、ちょっと待って、言えるわけないでしょ」 「大丈夫! 恥ずかしいのは最初だけだから」 「――――美希……た……。――――無理よ! 私、帰る!」 「まあまあ、せつな。アタシは美希でいいわよ。ブッキーなら言えるんじゃない?」 「無理しなくていいよ。でも、そう呼んでくれたら嬉しいかも」 ラブに引っ掻き回されたせいだろうか、その後は少し肩の力を抜いて美希と祈里とも話せるようにな った。 馴れ合うことに抵抗はあったが、気まずいのはもっと嫌だった。彼女たちのことを知って損は無い。 そう自分に言い聞かせて積極的に会話に加わった。 「それで、美希はモデル、祈……ブッキーは獣医になりたいんでしょ。ダンスしてていいの?」 「もちろん、最終的にはアタシはトップモデルになるわ。でも、ダンスは良いステップになるはずよ」 「わたしも、獣医ってそんなに急がないから、勉強は続けながらもみんなとダンスもしてみたいの」 「せつなちゃんは、やっぱり占い師さんなの?」 「そっか、占い師だったわね。でも、それじゃ夢がもう叶っちゃってるじゃない」 「占いは仕事よ。なりたいとも楽しいとも思ってないわ」 彼女たちの話を聞きださなくてはならない。自分のことを話しても意味はない。なのに――――自然 に口が滑り出す。 他人の不幸を聞き出すための調査でしかなかった占い。実は、それなりに楽しいこともあったんだと 話していく内に気がついた。 何より――――ラブと出会うことが出来た。 生まれて初めて、好意を向けられることの喜びを知ることが出来た。 「ダンサーになろうよ、せつなっ! 歌って踊れる占い師。全然ありだって!」 「そうね。それって、凄く素敵かも」 「せつなちゃんスタイルいいし、綺麗だし、神秘的だし、人気出ると思う」 「私は……ダンサーなんて……」 「ねえ、せつな。前に聞いたよね。せつなの幸せは何?」 「えっ?」 「良かったら、一緒にダンサーになろうよ! 美希たんとブッキーとはいつか別の道に分かれるけど。 せつなとなら――ずっと一緒に……だめ、かな?」 真剣な表情で、まっすぐにラブの瞳がせつなの瞳を見つめる。言葉だけではなく、わずかなサインも 見逃すまいとするかのように。 心を直接ラブに掴まれたような衝撃を受けた。激しく鼓動が高鳴る。 もし――――本当にそんなことができたら――――どんなに……。 胸のペンダントをそっと手繰り寄せた。 緑色にきらめく四つ葉のクローバーのペンダント。ラブとせつなを繋ぐ親友の証。せつなの幸せを願 い、送られた幸せの元。 「ラブ――――私……。私は……」 形にならない気持ちを伝えようと懸命に言葉を探す。勇気を振り絞るべく、固く、固く、ペンダントを 握り締めた。 そして―――― 砕け散った。 「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」 イースはベッドから飛び起きた。荒い呼吸を懸命に整える。全身が汗だくだった。 まだ薄暗い、早朝と言っていいくらいの時間なのだろう。 身体のあちこちが痛かった。でも、疲れは随分取れていたように思えた。 イースの姿で眠ってしまっていたことに気がつく。身体に負担のかかるこの姿よりは、解除してから 休むべきだった。 布団も被らず、ベッドを斜めに使い、片足を半分はみ出すようにして寝ていた。我ながらみっともない と反省する。 (今のは――――夢?) 砕けたペンダントは? 手を開いて確かめる。そこにあったのはペンダントではなく、ウエスターから奪ったパワーストーン だった。 足元が崩れ、落下するような感覚に襲われる。胸が強く締め付けられ、ぽっかりと心に穴が開くよう な感傷に包まれる。 知っている。これは――――喪失感。 「ふふふ……はははは――――」 何にショックを受けていると言うのだ。 全て――――自分のやったことではないか。 わざわざラブの目の前でペンダントを砕いたのも。 ラブを倒すために、ウエスターのパワーストーンを自分のものにしたのも。 全て――――自分が決めて行ったことではないか。 もう――――認めよう。 自分は……自分の中に芽生えたせつなの人格は、ラブに憧れていたことを。 ラブに友情を感じ、ラブをうらやましいと感じ、ともに歩みたいと感じていたことを。 今見た夢こそが、自分の願望なのだろう。 いや――――違う! 自分の中に芽生えた、東 せつなという少女の願望。 せつなとは夢。 この世界に深く関わり、ラブと親しくなりすぎたために生まれた夢。 今の夢は、イースの夢の人格である、せつなが見た夢なのだろう。 “夢のまた夢” それはこの世界の諺で、決して叶わない願望を意味するという。 構うものか! もともと違う世界の、自分には関わりの無い事なのだから。 「我が名はイース! ラビリンス総統メビウス様が僕!!」 さようなら……ラブ。 そして、さようなら。 ――――東 せつな。 イースは最後の決戦に挑むべく、静かに部屋を発った。 み-397へ
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ラブの人参嫌いはずっと続く… ラブ「うぇ、やっぱり人参いらない」 せつな「ラブまた人参残してる、家だとちゃんと食べてるのに」 ラブ「不思議なんだよね、せつながお料理した人参は美味しいんだけど」 せつな「ラブ・・・」
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第22話 胸から零れた罪の破片 頭に木霊する美希の声。震える怒声。痛々しい泣き声。底冷えする皮肉。 そして、すべてを諦めたような力の無い呟き。 強く優しく、物分かりの良い美希しか自分達は欲していなかったのだろうか。 励ましてもらった。相談に乗ってもらった。気持ちをぶつけさせてもらった。 ただ、黙って側にいてくれた。 いつだって美希はラブの、祈里の、せつなの気持ちに寄り添おうとしてくれていた。 美希にどれだけ救われたか。数え切れないくらいなのに。 それでも、心の隅にあった冷めた感情。 所詮、当事者ではないのだから。 外側から眺めているだけの部外者だから。 魂に牙を立てられ、血を啜られるような思い。 心を握り潰され、毟り取られるような痛み。 美希には分からない。 自分達の気持ちなんて理解出来ないだろう。 そう、殻の外に美希を閉め出してはいなかったか。 「あたしね、思ってた。思おうとしてた。一番ブッキーが悪いんだって」 「うん…」 「それで、一番馬鹿なのはあたし」 「………」 「一番傷付いたのはせつな。それで、それでね。美希たんは……」 「…………」 「……関係ないって…。こんなゴタゴタ、美希たんには迷惑なだけだろうって…」 「……うん…」 「ブッキーさっきから、うん、しか言ってない」 「うん……」 ひっぱたいてくれた美希の熱い手のひら。 優しく髪を撫でてくれた綺麗な指。 毅然と叱ってくれた声。 何も言わず包み込んでくれた温かな膝。 どうして忘れていられたんだろう。 「ねぇ…美希たん、何か用があったんじゃないのかな?」 突然訪ねて来たわけではあるまい。 自分達の物思いに耽り、外の気配に気付かなかったのは迂闊としか言いようがないが 常の美希なら来る前に電話なりメールなりしそうなものなのに。 ラブの言葉に祈里は痛みを堪えるような顔になる。 「…約束、してたの……」 項垂れ、祈里は背中を丸める。 「美希ちゃんの部屋でね、一緒に勉強しようって…。」 「へ?じゃあ、なんで……」 自分を部屋に上げたのか、そう言いかけてラブは口をつぐんだ。祈里の自嘲があまりにも深そうで。 「忘れちゃったの。ラブちゃんの顔見たら」 ラブが訪ねて来てくれた。会いに来てくれた。例えどんな理由でも。祈里を詰る為だとしても。 ラブが自分から祈里の元へ足を運んでくれた。 舞い上がった。有頂天になったとすら言える。そして。 そして、美希とのささやかな約束など一瞬にして頭から消し飛んでしまった。 「…ブッキー…」 祈里は鞄に手を伸ばし、中を探る。底の方まで落ちていたリンクルン。 チカチカと点滅する光を見て、祈里は一層苦し気に顔を歪める。 何度着信があったのだろう。メールも何通も来てるに違いない。 多分、そこにはいつまで待っても現れない祈里を心配する美希が沢山いる。 この間の買い物。せつなとのやり取りを美希に詳しくは話していない。 それでも美希は何かあったのだと察してくれてる。 ずっと気にかけてくれていた。 電話で、メールで、放課後待ち合わせてお喋りして。美希は無理に聞き出そうとは決してしない。いつも祈里から話すのを待ってくれる。 今日だってきっとそう。 少しでも祈里の心が晴れるように何時間でも付き合うつもりだったに違いないのだ。 連絡も入れず現れる気配の無い祈里にどれほど気を揉んでいたのだろう。 何かあったのかと心配し、出ない電話や返信の無いメールに焦れて。 それならいっそ、と直接訪ねて来たのだろう。 そして、その結果がこれ。 聡い美希は瞬時に理解したに違いない。 祈里は美希の顔を見るまで、いや、顔を合わせた後でさえ約束の事なんてすっかり忘れていた事に。 美希に詫びる事すらせずにひたすら言い訳を並べ、ラブを庇う姿に どれほどやるせない思いをしただろう。 リンクルンを開く勇気がでない。 メールに溢れているであろう祈里への労りと思い遣り。 それに対峙するには今の自分は愚かすぎる。 その美希の思いを直視する資格など無いように思われた。 「…ねえ、ラブちゃん…」 泣き笑いの形に顔を歪めて祈里が問う。 「わたしって、昔からこうだったのかな……?」 結構、良い子のつもりだった。 少し前なら先約があるのを忘れるなんて考えもしなかった。 学校でだって目立つ存在ではないけど真面目にやってて友人だっている。 獣医を目指してるんだから勉強だって頑張ってる。 誰かの役に立ったり、人に喜んでもらう事が自分の喜び。 せつなの事は。せつなにしてしまった事は、そんな自分がおかしくなってしまったからだと思っていた。 「ラブちゃん、わたしね。せつなちゃんが好きで。好きで好きで好きで好きで………」 狂ってしまったのかと思っていた。 自分の中にあんなにも激しい感情があるなんて信じられなくて。 体を突き破りそうな激情を持て余して。 他の事は何も考えられなくなって。 苦しくて、苦しくて。無理矢理にでも奪えば、解放されるのかも知れない。 だから……。 「でも、違った。全部、何もかも…間違ってた」 やった事も、言った事も、今までも、たった今だって。自分が良い子だったって思ってた事も。 きっと昔から我が儘で自分勝手な人間だったんだ。 自分のやりたい事、欲しいもの。手に入れる為ならどんな事だって出来る卑怯者だったんだ。 恵まれてただけ。 恵まれ過ぎてて、自分がどんな人間か直視せずに済んだだけだったのではないのか。 いつだって欲しい物は手の届く場所にあった。 何かが欲しいと思う前に与えられてた。 両親は躾には厳しく無駄な贅沢はさせなかったが、お金で買える物には元々それほど執着が無かった。 物も愛情も空気のように体を包んでいるのが当たり前で、誰もがみんなそんなものだと思っていた。 自分は与える事に喜びを見出だす人間。 大切な人に笑顔になって貰うのが何よりの幸せ。 そう、信じて疑いもしなかった。 でも違った。 今までの自分を思い返す。 誰かの幸せの為に痛みを堪えて宝物を差し出した事は無かった。 欲しくてたまらない大切な何かを誰かに譲った事も無い。 もし自分の一部とも言えるほどかけがえのない物を手放しても、 それを手にした相手が喜んでくれるなら構わない。 そんな風に思えただろうか。 「無理だよね。だから…こうなってる…」 自分の考えに祈里は茫然とした。 いつだって人に与えていたのは手放しても惜しく無いもの。 身の回りに有り余るおこぼれを上から投げ落として悦に入っていただけではなかったか。 感謝の言葉や眼差しを心地よく浴びたいが為に施しを与えていただけではないのか。 恐ろしい。足元がガラガラと音を立てて崩れていく。 どれほど傲慢な笑顔を振り撒いていたのか。 自分では労りねぎらうつもりで掛けた言葉は本当に相手に届いていたのだろうか。 何もかもが偽りに彩られている気がした。 これっぽっちも優しくなかった自分自身。 せつなの言った通りだ。 馬鹿で、傲慢で、欲張りで。しかもそれを今の今まで実感してはいなかった、残酷なほど幼い自分。 そんな自分にせつながくれたのは、途方もなく甘く優しい罰。 笑顔で側にいる事。 せつなの幸せを見届ける事。 やっと分かった。情けないほど自分を甘やかしていた。 一度だって、本気で自分をどうしようもない人間だと思った事は無かったのだから。 せつなは、そんな祈里でも何とか乗り越えられるだろう甘い甘い償い方を教えてくれたのだ。 せつなの為ではない。祈里が罪に押し潰されてしまわない為に。 「どうしてそう極端なのかなあ……」 よっこらしょ、とラブが祈里の横に腰掛ける。 青い顔で項垂れる祈里の頭をコツンと小突いた。 「天使か悪魔か、どっちかでなきゃいけないってコトないでしょ。 誰だってその間でふらふらしてるもんじゃない?」 「……でも………」 祈里はゆるゆると首を振る。 確かにそうだ。誰にだって天使のように優しくなれる時、悪魔のように残忍になれる時がある。 それでも、と祈里は思う。 いざという時。何か危機や困難に直面した時、天使か悪魔かどちらかにしかなれないなら、 ラブは間違いなく天使になる事を選べるだろう。 大切な人の為に。もしかしたら、見ず知らずの他人の為にさえ我が身を 投げ出せるのがラブだと知ってる。 でも自分はどうだろう。少し前までなら、自分だって天使になれると無邪気に信じられた。 でも、今は…。 息が苦しい。自分が身勝手で利己的な人間だと認めるのがこれほど痛いと知らなかった。 苦痛から逃げ出す人間だと思われたくない。 でも、初めて愛した人を、姉妹のような親友達を裏切り傷付けた自分を 真っ当な人間だと考えるのを己の心が拒んでいた。 お前に愛や信頼を口にする資格は無いのだ、と。 「ねぇ、ブッキー。あたしそんなにイイコじゃないよ…」 ラブはポリポリと頭を掻きながら溜め息をつく。 「今日だってさ…別に、せつなのカタキ取ろうとか、そんなんじゃない」 だって、そうでしょ?こんな事、せつなが喜ぶ訳ない。 余計に苦しませるだけだって考えなくたって分かるもん。 それなのにさ…… 「恐かったんだ、あたし」 「……恐かった…?」 「なんか、色々薄れていくのが……」 辛かった。悲しかった。痛くて苦しくてどうしようもなかった。 ただ息をして、生きていくのすら難しい気がしていた。 それでも時間が経つにつれ、少しずつ傷が癒えて行くのが感じられた。 せつなの笑顔に祈里が応え、美希が側にいてくれる。 同じ場所で笑っている自分がいる。楽しいと感じている自分がいる。 何もかも無かった事にしてしまいたい。 また四人で笑いながら過ごして行きたい。 このまま月日が流れ、すべてが遠い過去になってしまえば……。 「ホントは…そうなれば一番いいのかも。ゆっくり傷を治して、ゆっくりお互いを許し合って…」 でも、それは嫌なのだ。とラブは拳を握り締める。 悪夢にうなされるせつなを見る度に、せつなの中に残った祈里の影を感じてしまう。 苦しむせつなを見るのが辛いだけではない。 悔しいのだ。 ずっと大切に守っていきたかった。 手のひらにくるみ込み、胸で温めてきた宝物。 それに理不尽な力で大きな傷を付けられた。 その傷さえ愛しい、そう思えるほど大人にはなれなかった。 穏やかに過ごす四人での時間にふと痛みを忘れている自分に気付く。 束の間の安息に、もしかしたらこのまま。このまま、元に戻れるかも知れないと淡く胸が温まる。 それでも目の前の傷はそれを忘れさせてくれない。 一瞬でも忘れようとした自分が許せなくなる。 忘れたい。忘れられる訳がない。 許したい。許したくない。 戻りたい。出来るはずない。 もし奇跡が起きて時間を戻せたとしても…。 また同じ事が起こるかも知れない。 だって心は変わらないのだから。 どれほど時間を遡ってもせつなを好きな自分は変わらない。 祈里だってそうだ。 そしてせつなも。きっとまた好きになってくれる。 そう、躊躇うことなく信じられるのに。 なのに立ち止まったまま足掻いている。 せつなは血を流しながらも、その傷を抱いていくと決めたのに。 共に歩む為に前を向いているせつなが眩しかった。 せつなが選んでくれた。 私はあなたのもの。そう言ってくれた。 相応しくありたいのに。 薄汚れた嫉妬にもがく姿なんか見せたくないのに。 せつなと祈里が悪夢と言う名の逢瀬を重ねている。 そんな風に感じる自分が堪らなく矮小でいたたまれないのだ。 「馬鹿だよねぇ……。せつなはあたしが好きって言ってくれてるのに。 せつなの隣にいて恥ずかしくないようになりたいのに」 やってる事は逆ばっかだよ。 せつなの中の祈里は消せない。 それなら祈里の中のせつなを真っ黒に塗り潰してしまえばいい。 せつなと同じ目に。別の存在を祈里の奥深くに無理やり捩じ込んでしまえば…。 「何でだろうね。やっちゃった後でないとどんだけ馬鹿か分からない…」 多分、それも間違い。 やってしまった後でも理解なんて出来てないんだろう。 分かったつもりになるだけ。 美希を、傷付け蔑ろにしていた事を今まで気付けなかったように。 「あたしさあ、ブッキーも好きなんだよねぇ…」 「………ラブちゃん…」 「ブッキーもあたしが好きでしょ…?」 コクリ、と頷く祈里を見て、あんなことされたのに、とラブは苦笑いする。 でも本当にそうなのだ。 きっと、途中で止めて貰えなくても。この先悪夢にうなされたとしても。 ラブを嫌いになる自分は想像出来なかった。 羨ましくても、妬ましくても、ラブさえいなければ、とすら思った事はなかった。 「困ったよねえ。恋敵なのに」 「……せつなちゃんも、そうなの…?」 だから、これほどまでに庇ってくれる。 おずおずと尋ねる祈里にラブはあからさまに嫌な顔をする。 この程度の事で一緒にするな、そう顔に書いてあるのがありありと読み取れた。 また不用意な言葉を口にしてしまった事に祈里は身を縮める。 「せつなはブッキーが好きだよ。あたしの為に許さないだけ」 「…………………」 「あたしが…あたしが、ブッキーを許してしまわないように頑張ってるの知ってるから……」 「許して…しまわない、ように……?」 「……ホントに、分からない?」 くしゃくしゃになった表情を隠すようにラブは抱えた膝に顔を埋める。 祈里は頭を振りながら滲んできた涙を必死に堪えていた。 分からないはずはない。 ずっと前から分かっていた。 ラブもせつなも許してくれている。 祈里自身が自分を許せないから罰を与えてくれてただけ。 自分よりもずっとずっと傷付いているはずの二人が、更に我が儘に付き合っていてくれてただけなのだ。 想う相手を諦める。それがどれほど難しいか分かるから。 目の前で微笑む愛しい相手に指一本触れられない。 自分ではない、他の誰かの腕の中にいる想い人をただ見ているだけ。 それがどれほど心を引き絞られるかが分かるから。 ラブにはせつながいる。 せつなにはラブがいる。 それだけで、他に何もいらないから。 だから、すべてを許して痛みを堪えてくれていた。 堪えようと耐えてくれていた。 そして、少し零れ出してしまったのだろう。 荒れ狂う思いの塊をせつなにぶつける訳にはいかない。 それならば自ずと向ける相手は決まっている。 祈里には、傷付いても耐える義務があるのだから。 「ねえ…あたし達、もっと大人だったらこんな風にはならなかったのかな…。 もっと大人だったら、こんな馬鹿な真似、せずに済んだのかな…」 何の覚悟も出来ていなかった。 痛みを引き受ける覚悟も。 大切な人を傷付ける覚悟も。 どんな結果であろうと受け入れる覚悟も。 ただ何もせず、流れに身を任せる覚悟すら。 見苦しく足掻き、自棄になって刃を振り回す。 後で更なる後悔が待っているとも知らずに。 「美希たんに、謝ろっか。二人で…」 「……でも…」 今さら謝罪に意味なんてあるのだろうか。 (アタシは許さないから。) (これ以上、失望させないで。) 美希の凍えた声が頭を巡る。 裏切ってしまった、どんな時も真っ直ぐに手を差し伸べてくれ続けた人。 美希の瞳から放たれた氷の矢。 そんな視線を幼馴染みに向けなければいけなくなった美希に詫びる言葉なんかあるとは思えなかった。 「許してもらえなくても、さ。悪い事した時は謝らなきゃ」 「ラブちゃん…」 それにね、謝ってもらいたいもんなんだよ。許す、って言ってあげられなくても。 はぁ…。と、深く溜め息をつくラブを祈里は横からそっと見つめる。 ラブは何度こんな溜め息をついて来たのだろう。 「ごめんなさい」 「あたしにはもういいよ。さっき言ってもらったし」 「分かった」 「ああ、でも許した訳じゃないからね」 「うん。それも分かってる」 許す。とは言ってはいけない。 それはラブの意地なのだろう。 祈里は何となくそれを感じ取り、そのラブの気持ちが何故か嬉しかった。 祈里が叶わなくともせつなを想う。 その想いが続く限り、ラブは祈里を許すとは口には出さないつもりなのだ。 許しを請う為に謝るのではない。 少しでもマシな人間になりたいから。 的外れな謝罪しか出来ないかも知れない。 美希やせつなの気持ちなんて分かっていないのかも知れない。 それでも、言葉にしなければならない。 伝わらなくても。撥ね付けられても。 相手を思い、気持ちに寄り添う努力を放棄する言い訳なんてどこにもないのだから。 「ラブちゃん、わたし、謝りたい。美希ちゃんにも、せつなちゃんにも…」 初めて、そう口にした。 みっともなく掠れた声。怯えを隠せない震える唇。 謝罪はいらない。許したくない。せつなには、面と向かってはっきりそう言われた。 やってしまった事を謝るのではない。 余りにも愚かだった自分に気付けなかった事を謝りたい。 せつなが好き。多分、これからも。 美希が大切。それなのに守ってもらって当たり前になっていた。 せめて罪を償うに足る人間になりたい。 甘え、頼り、寄り掛かったままその事に気付きもしない。 そんな人間のままでいて良い訳がない。 急に強くはなれないのは分かっている。 でもせめて…自分の弱さや愚かさから目を背けずに。 一つ一つ、ほんの少しずつでも気付いた事を糧にして行きたい。 もう一度、友達と呼んでもらえるように。 第23話 閉じた世界からへ続く
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かまくらの中で。 「はい、お餅焼けたよ!熱いから気をつけて」 「ブッキー、お醤油取って」 「はいどうぞ。海苔もあるわよ」 「七輪ってあったかいのね。知らなかった……」 「美希ちゃんかけすぎよ!」 「いいの。いただきまーす。熱っ!」 「んもー、だから言ったのに」 「美希ちゃん見せて!」 「らいろうぶ、らいろうぶ……」 「いいから早く見せて!」 「真っ赤なはんてんは幸せの証……」 「ぶつぶつ言ってないでせつなも食べよ?」 「大変!唇の端っこが赤くなってるわ!すぐに冷やさないと!」 「ホ・・・ホントに大丈夫だから・・・。」 「ちょっと待ってて!」 そう言うが早いか、壁の雪を削って集め、美希の火傷した箇所に押し当てるブッキー。 「ちょっ、そんな事したらブッキーの手が冷えちゃうじゃないの!」 「大丈夫・・・。美希ちゃんのためだったら私、どんな事でも・・・。」 「ブッキー・・・。」 「あ~あ、二人の世界に行っちゃったよ・・・。 仕方が無い、もう一個かまくら作ってそっちに移動しようか。せつな。」 「もぐもぐ・・・(そうね・・・。)」 ラブせつ二人、かまくら内でしばらくキャッキャウフフしまくり、疲れて少し会話が途切れた時に せつなから、ぽつりと。 「ねえ、ラブ」 「え?」 「思ったんだけど・・・ここなら、今、誰にも見られないわね・・・」 「・・・・・え?・・・え?・・・・・ぇええぇぇーーーー?!?!? せ、せせせ、せつなそれってどういう・・・・$*&%”@~~****!」 「こういう・・・」 「!!!!!!!」 「ラブ・・・。」 「(はっ、はわわわわ、せつなの手が、顔がこっちに、はわ、はわわ~・・・)」 「こういう・・・。」 「!!!!!~~っ、はわわ、はわはわはわ!」 「ほ~ら、こんなに変な顔~、うふふ、うふふふふ。」 「・・・はわっ!、せ、せつな酷いよ~、いきなり口に指突っ込んで変顔させるなんて~。」 「あははは、ゴメンなさい、ちょっと空気重かったから、うふふふ。 (あ、危ないとこだったわ。咄嗟にふざけて誤魔化したけど、一瞬本気でラブの唇を奪いそうに)」 「もーせつなったらー(笑) (なーんだ焦って損しちゃった。てっきりせつなからキスでも されるのかと・・・あたしったらヘンな期待し過ぎ~、せつなにバレなくて良かったよ!)」 ラブ「へっくちん!」 せつな「くしゅん」 美希「へくち」 祈里「くしゅっ」 タルト「そりゃそーやで。」 シフォン「きゅあ?」 アズキーナ「は、恥ずかしい…」 あゆみ「これ飲んであたたまりなさい、みんな」 せつな「甘い香りがする.....」 ラブ「ココア?ちょっと違うかなー」 祈里「うん。ちょっと違うかも」 美希「おばさま、完璧すぎですよ」 あゆみ「さっすが美希ちゃん!」 ラブ「ん?」 せつな「???」 祈里「あっ!なるほどね」 美希「ブッキーならわかると思ったケド」 ―――ホットチョコレート――― あゆみ(いつまでも仲良くねっ♪) 「もう食べれないや」 「私も…」 「ブッキー。それは来月の話でしょ!」 「ごめんなさい。でも次焼けちゃった…」 山盛りのクッキー。普段料理のしないブッキーはただひたすら焼まくるのでしたw 圭太郎「だったら僕が食べちゃうよ~」 ラブ「とぉ!」 せつな「おとうさん!!」 美希「おじさま…。見損ないました…」 祈里「あれれれれ???」 あゆみ「いいのよ。あとでたっぷり叱っておくから、ね♪」 那由他「だったら私が食べようかしら」 せつな「お、お前は!」 あゆみ「あらいらっしゃい」 ラ美ブ「えぇぇぇぇ!?」